日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断について

連盟からの回答はコーチ罷免の再通知

日本知的障がい者卓球連盟の山口会長名で通知書が5月21日が家に届いた。仲裁判断(JSAA-AP-2020-003)にもかかわらず、「2020年度のコ ーチとして任命ないの決定 を取り消す」という決定をまったく無視して、2020年も2021年も連盟のコーチとして任命しない、という理事会による私への処置の決定通知でした。常識や法的判断では変わらないのが、連盟・ガバナンスの現実のようです。

これまでの経緯

日本スポーツ仲裁機構に申立てを行ったのは、2020年8月18日でした。仲裁判断が出されたのは2021年4月23日ですから、おそらく最も長くかかった仲裁案件だろうと思います。実際のところ、本件によって私が日本知的障がい者卓球連盟において実質的に業務停止となったのは、2019年12月27日のコンプライアンス委員会の調査の開始をもってですから、それから1年と4ヶ月が過ぎたことになります。仲裁で争ったことは、私が2018年5月のスロベニア・オープン国際大会の練習会場において行った指導が、セクシャルハラスメントに当たるという連盟のコンプライアンス委員会の判定とその処罰として「指導」を課した委員会・理事会の決定を取り消すことでした。8月18日に申立を行い、受理されたのが8月24日ですが、同じ日に 「貴殿を、一般社団法人日本知的障がい者卓球連盟のコーチとして、2020年度は任命しないことになりましたのでご通知いたします。」 という通知が 連盟より届きました。そのため10月1日に「申立変更許可申請書」を提出し「2020年度のコーチとして任命しないとの決定を取り消す」追加申立を行いました。この追加変更は同月13日に仲裁パネルによって許可されています。

仲裁の結果

知的障がい者卓球 JSAA-AP-2020-003 仲裁判断(2021年4月27日公開)

申立人(私)の求めた仲裁判断が以下のようにすべて認められました。(以下は仲裁判断からの抜粋、引用である)

主 文
本件 スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
1 被申立人が 2020年 7月 29日に行った、申立人を一般社団法本知的障がい者卓球連盟賞罰規程第 7条 1項(4)にいう指導の処分とするした決定を取り消す。
2 被申立人が 2020年 8月 23日に行った、申立人を被申立人における 2020年度のコ ーチとして任命しないとの決定を取り消す 。
3 仲裁申立料金 55,000円は、 被申立人 の負担と する。

スポーツでのセクシャルハラスメントの定義とその該当性判断

「セクシュアル・ハラスメン ト」に該当するというためは、

  1. 当該行為が競技者等の意に反するものであったこと、
  2. 当該行為が性的な性質を有するものであること、
  3. 一定の不利益や環境悪化を伴うものであること

 が必要である

また、その判断基準としても、セクシュアル・ハラスメントの発生や被害の多様性から、被害を受けた者の主観も重視されるが、相手方への重大な不利益処分を課し、被害を受けた者の主観も重視されるが相手方へ大な不利益処分 を課し、所属する団体も防止措置の重い責任を負うものであるうえ、スポ ーツの現場においては相手の身体に触れることが許容される場合もあり得ることから、特に一定の客観性も必要であると いわざるを得ない。

<この上記のセクシャルハラスメントの定義と該当性判断については、スポーツ仲裁としては初めてのものであり、画期的なものであるとして、日経新聞で取り上げられている。>

本件事案へのあてはめ

まず第 1の要件である ①の行為当時本件選手意に反するもであったかどうについても、 被申立人から提出されている証拠や資料からは、 十分な立証が尽くされているとはいい難い。

申立人の行為は、 国際大会の練習会場という大勢の人がいる中で、しかも 極めて限られた時間 (約 30分の練習時間中、 1回数秒でせいぜい数回程度 )での 指導に必要な最小限度の身体接触に過ぎず、性的性質を有する行為と認定することは困難である。

③の一定不利益や競技環境悪化についても、 本件選手の申立人に対する 主要な不満は、指導方針やミーティングの時間の長さなどにあり、 意に反する身体接触で競技環境が悪化したり一定の不利益を被ったという事実についても、提出された証拠から 十分な証明がされていない。

以上、①②③の 必要とされる事実の立証責任が十分に果たされているとはいい難い。以上から、被申立人が 2020年 7月 29日に行った申立人対する「指導」の処分決定は、被申立人倫理規程第 4条(1)に定める「セクシュアル・ハラスメン ト」に該当せず、本案の争点 1の本件処分決定には重大な事実誤認があるといわざるを得ない 。そして 、本件処分決定の対象事実について十分な 証明が尽くされておらず、セ クシュアル・ハラスメントに該当するとはいえない以上、被申立人倫理規程第4条(1) 、賞罰規程第7条 1項(4)に基づく「指導」の処分は、被申立人規則にも違反することは明らかであり、取り消されなければならない。
なお、本件処分決定 が上記の理由で取り消される以上、本案の 争点(3)著しい合理性違反、(4) 手続的瑕疵、(5)比例原則違反の点については、本件仲裁パネルが判断するまでもない。

争点2:コーチの解任について

証人の証言によれば本件通知は理事長である(但 し被申立人の定款上代表権はない) A氏の独断で行ったもあり、 全く理事会の決議を経ていなにもかわらず、会長名で押印された通知がなされたものである。そうだとすれば、 本件通知の内容である申立人を連盟コーチに選任しない旨の決定は、理事会議を経ていない点で被申立人の規則(コーチ規程)に違反し、 かつ、その手続には明らかに瑕疵があるといわざるを得ない。
よって、 2020年 8月 23日付で申立人に通知された、申立人を 2020年度の連盟コーチに選任しない決定は、 事実誤認及び著しく合理性を欠くかの判断を行う までもなく、 取り消されるべき である 。

本案の争点に関する判断基準(スポーツ仲裁において連盟の決定を取り消す場合の判断基準)

「日本おいてスポーツ競技団体を統括する国内スポーツ連盟については、その運営について一定の自律性が認められ、 その限度において仲裁機関は国内スポ ーツ連盟の決定を尊重しなければらない。仲裁機関とし ては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、 ➂決定に至る 手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反若しくは著しく合理性 を欠く場合において、それ取り消すことができるにとどまると解すべきである」 との判断基準が示されている。

ふりかえって、そして前に

上記のように、自律性を認められているスポーツ連盟の決定をスポーツ仲裁において取リ消すためには、相当に高い判断基準(ハードル)が設定されていることが理解できます。日本スポーツ仲裁機構の第三者委員会の場合は訴えの内容がそのまま認められ、訴えられた側(私)には結果の通知や弁明の機会もありませんでした。連盟のコンプライアンス委員会・理事会では、当方の証拠・複数の目撃者の証言を含む弁明を提出しましたが、国際大会における指導行為をセクシャルハラスメントと認定され、処罰が下されました。スポーツ仲裁は中立の立場を明確にしており、弱い立場にある者であっても公正な扱いを受けられる可能性が高いと思い、申立を行いました。とはいえ、連盟がいったん下した決定を取り消すまでの連盟自体が制定した規則に対する違反や著しい合理性の欠如などが存在することを証明することは至難のことと言わざるを得ないと思います。国際大会の衆人環視の状況の中で行っている技術指導行為であり、国境を問わず性的な性質を持つ行為と認識されていない行為であり、ハラスメントの実態がない(当時の本人の自由意志にもとづく練習)としても、(一年半以上のちの)本人の主観的な意思の表明によって、セクシャルハラスメントとして認定される実状を、自分ではどうしようもないこととあきらめ、受け入れるしかないというのが、一般的・常識的な選択なのだろうか。暗雲というよりも暗闇に閉ざされた中であがき、模索し続けた日々でした。仲裁パネルが、セクシャルハラスメントの定義から丁寧に紐解き、その該当性判断において、スポーツの持つ性格と一定の客観性の必要性を認めたことはとても重要で画期的な判断だと思います。今後のセクハラ行為の判断においても新たな指針となることでしょう。私も失われた名誉が回復されたことに感謝し、スポーツ界におけるガバナンスやコンプライアンスのさらなる改善や進化を促し、障がいを持つ子どもたちにとっても、安全で、楽しく、公平なスポーツ環境が醸成されることを願って、少しでも貢献できるように努力を続けていきたいと思います。