日: 2023-12-26
お義父さんの旅立ち
12月20日、タイのバンコクにいるときにお義父さんの訃報が届いた。21日の朝に帰国し、火葬場の関係で葬儀は25日となる。
思えばお義父さんにはたくさんお世話になった。初めて知ったときは、ペルーで電電公社関係の技師・専門家をしておられた。私は青年海外協力隊でペルーに赴任し、そのときに妻と出会ったのだった。その帰国のときの私の荷物を、自分の家族の引っ越し荷物として同梱して日本に送ってもらったのが最初に面倒をおかけしたときだった。海外生活の長かった私たち家族が、日本に滞在するときは、いつも妻の実家である湘南台の家にお世話になっていた。私が単身赴任となってからは、妻と子どもたちは、実家でお義父さんと生活し、お義父さんは毎日入院中のお義母さんのお見舞いにゆく生活を続けておられた。どちらかというと言葉少なく、表情に出すほうではないが、とても家族思いのお義父さんだった。
町内の老人会の会長役でもあり、時間に正確で、規則正しい生活をしているお義父さんには、よく飲んで帰りがおそくなったり、早寝早起きとは無縁の私に対して、言いたいことはたくさんあったろう。それでも私に対して、怒ることも干渉することもなく、寛容で大人のお義父さんだった。
晩年は、認知症の症状もあったが、自分の家で過ごしたいという思いが強く。救急車に運ばれて入院するまで、4階にある自分の部屋まで歩いて上り下りしながらガンバっていた。
入院する以前から、あまり起き上がることもできず、食事も思うようにできなくなっていて、妻も心配していた。まだまだ長生きするだろうと思っていたのだが、92歳、年の瀬に天へと上って逝かれた。先に天国に旅立たれたお義母さんと積もる話もあることだろう。
家族葬ではあるが、子供や孫そしてひ孫、近い親族が参列し、冬とはいえ、いっぱいの綺麗な花に囲まれた静謐で温かみのある葬儀だった。娘である妻と孫娘である長女がいっしょに選んだディズニーランドって撮った遺影が、佳い人生だったと微笑みかけているようだった。
お義父さん、92年間ごくろうさまです。ほんとうにありがとうございました。
南無阿弥陀仏。合掌!!