日: 2025-10-20

読書:「朝が来る」 辻村深月 

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久しぶりにAudible。

これは子どものできない夫婦が、不妊治療をあきらめ、望まれずに生まれたきたばかりの赤ちゃんを養子として迎えて育てていく過程を描いた物語だと思って聴いていた。養子縁組を世話するベビーバトンというNPOの代表は、その本質を「親が子どもを探すのではなく、子どもが親を探すためのものなのです」と言う。第一に考えていることは「子どもの命を守ること」。NPOに養子をもらうことを登録するとき、普通といわれる環境で生まれてくる赤ちゃんではないこと、自分が妊娠したときと同様に子どもの性別や障がいの有無について問わないこと、養子であることを子ども本人にも周囲にも話して育てることなどの説明がなされる。それらを飲み込み、周囲の反対や自身の葛藤があっても、赤ちゃんを見た瞬間に一目惚れするという。夫婦にとって「朝が来た」と感じる、この本のタイトルである、瞬間である。この物語の夫婦は子どもに「二人のお母さんがいるんだよ」と生みの母親のことを大切な存在として伝えて育てる。それは心温まる物語だった。

突然、話は子どもの生みの母親である中学生の女の子に移る。普通の中学生だったはずのもう一人の主人公は、ボーイフレンドとの間で初潮前から性体験をもつようになる。そして体調をくずして診断を受けたときに、病院に呼ばれた母親の前で、医師から妊娠を告げられる。少女はベビーバトンの世話になり、出産までの寮生活のときに母親になりたくない妊婦たちとの交流を経て、両親や姉に付き添われて、赤ちゃんの顔を見ないようにして、この夫婦にわたした。親と学校の敷いたレールの生活に嫌気がさした少女は家出をし、家庭生活も学校生活もない、暗いひとりきりの生活へと落ちていく。ヤクザまがいの男たちに、なってもいない同室の女の保証人として借金返済を迫られ、逃亡。結局、その男らに見つけられ脅されて、事務所からお金を盗む。盗んだお金の返済のためのお金を工面しようと向かったのが、生んだ子が養子となった夫婦の家だった。その家庭では、その子を生んだ「お母さん」が、家族の一員であるかのように話されていた。お金をせびりにきた自分がその「お母さん」であるはずはなかった。

この普通でなくなった少女はもうこの世でしあわせを得ることはないのだ。そう思われたラスト。

それは、長く暗いトンネルからの出口を照らす、生みの母親に届いた、朝の光。

実際にあった話なのだろうか。この二つの「朝が来る」瞬間では、涙がとまらず溢れ出た。「朝が来ない夜はない」ならホントにどれだけいいことか。普通と言われない環境に生きる普通の女性のヒューマン・ストーリーはとても重いものに感じられた。