日: 2022-01-28

オリンピズムと人間の進歩

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  1. クーベルタンの理想とトインビーの人類史観

「近代オリンピックの父」といわれるピエール・ド・クーベルタンは、フランスの敗戦の沈滞から立ち上がるべく教育改革を目指す青年だった。イギリスのパブリックスクールにおけるスポーツの役割に感銘を受けたクーベルタンは、スポーツ教育の理想の形として「古代オリンピックの復活」を唱えるようになり、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)を創設し、1896年に第一回アテネ大会を開催するにいたる[i]

クーベルタンがオリンピックを再興しようとした根本動機は「スポーツを通じて人間を変革すること」にあり、それは単なる「スポーツの祭典」ではなく、精神の発達を願う芸術や文化を融合したものだった[ii]。オリンピズムはそのようなクーベルタンの考えを反映するものであり、その根本原則として以下のようなことを挙げている。(オリンピック憲章より抜粋)

1.オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。

2. オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである

さて、英国の歴史家トインビー(1948)は、人類が誕生してから「何らかの肉体的あるいは精神的進歩があったと想像すべきいかなる保証もない」とその著書で述べている。彼によると「人間は非人間的自然を処理すること」は得意であるが、自分自身を含む「人間の内部にある人間的自然を処理する」ことには不得意だという。そのため、人類誕生以来現代にいたるまで「非人間的世界」における顕著な進歩と、人間の内部の「精神的世界」における未成長または非進歩という、トインビーのいうところの著しい不釣り合いによる「この地上における人間生活の一大悲劇」が進行中であり、地球温暖化や紛争や貧困は、その人間の業ともいうべき「悲劇」の産物と考えられる。

クーベルタンが理想としたように、はたしてスポーツは、「人間の内部にある人間的自然」のコントロール能力を発達させ、この人間の精神的世界における停滞を打破することに貢献することができるのだろうか。


[i] JOC – オリンピズム | クーベルタンとオリンピズム(https://www.joc.or.jp › olympism › Coubertin) アクセス2022年1月25日

[ii] オリンピック基礎知識|オリンピックスポーツ文化研究所 (nittai.ac.jp) アクセス 2022年1月20日

Toyinbee, Arnold J. (1948). Civilization on Trial. (アーノルド. J. トインビー. 深瀬基寛(訳) (1966). 「試練に立つ文明」 社会思想社)