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地球上における羽生結弦の存在は、タイムマシーンで未来からやってきた理想の人間像を示しているようだ。現世に生きる私たちに、異次元のレベルのフィギュアの世界を魅せてくれた。4回転という途方もない身体技術のフロンティアを一人で拓き、一気に、時計の針を進めて、フィギュアスケートのあたりまえのメニューにしてしまった。羽生結弦の凄さは、実は、技術だけではなく、そのしなやかで美しいフォームにある。人間を煩悩から救おうとする観音様のような、男女の性別や世代を越えた、キリリと整った顔立ちと細身でしなやかに伸びた手足。鋼のような強さを秘めた身体は異様に柔らかく、白い氷のキャンパスの上で、人間とは思えない直線と美しい弧を描きながら回り、踊り、跳ねる。天女の舞いとはこのようなものなのにちがいない。羽生結弦は、透明な翼を持つ地上に降りたエンジェルなのだろう。なぜ、日本人の男性として生まれたのかはわからない。日本社会の世界にも遅れた貧困なる精神を救うためなのか。中国においても絶大な人気を誇る羽生結弦の存在は、特異かつ稀有なものである。世界中の誰もが、オリンピック番組のテレビの前で、思わず手を合わせて、彼の思いがかなうよう祈りを捧げてしまうのである。
前回のオリンピックでは、完璧な演技を魅せて、金メダルに輝いた羽生結弦。以後、ケガとの戦いが長く続いた。水や空気、そして精神まで汚染された現世の人間社会において、注目と期待と好奇の目を浴びながら、神聖で清浄で完全なる心身を保つことが困難なことは、M78星雲から来たウルトラマンの例をださなくてもわかることだ。
今回はネイサン・チェンという大本命がいる中で、羽生結弦は、早い時点から、クワッドアクセルの成功をオリンピックの目標としてあげていた。未来から来た伝道者として、そして己の決めた道を極める求道者としての羽生結弦の真骨頂がそこに現れている。そもそも初めから、羽生結弦は、「勝ち」ではなく「価値」を求める存在だったのだ。そして、今日、羽生結弦の4回転アクセルは、オリンピックの場で正式に認定された。
羽生結弦は、期せずして4位となり、2位の鍵山優真、3位の宇野昌磨が、銀メダルと銅メダルを獲得して日本のフィギュアスケート界にとって未来への希望をつなぐ結果となった。これは、羽生結弦にとっても、安堵できる、ベストの結果だと思う。今の羽生自身が、銀や銅メダルを得ることに、自分でなくてはならない「意味」を見出すとは思えない。歴史と万人の心にその歩みを刻み続ける羽生結弦にとって、その影を慕いて後に続く若者を鼓舞することも「価値」のあることだと思っているにちがいない。
この投稿のカテゴリー: スポーツ、Essay、人生