「騎士団長殺し」をAudibleして

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ひさしぶりに早稲田大学を訪ねると、村上春樹ライブラリーなる奇抜な建物ができていた。中をのぞくと村上春樹の作家としての軌跡をたどるMURAKAMIワールドが展開されている。村上作品が読めるというAudibleというソフトをスキャンすると「体験入会しませんか」という画面が出る。こういった勧誘はふだんは無視することにしていたが、早稲田大学の村上春樹ライブラリーの中にいることで心理的なバリアがくずれて、YESというボタンを押す。Audibleの世界は移動中や電車の中だけでなく、家の中でも勝手に音が流れてくるので、予想以上に使い心地がいい。ネットでアニメを見ている生活にもやや飽きてきていたので、小説を聴く生活に変えてみるのも悪くないと思う。

最初に聴いたのは村上春樹の「騎士団長殺し」だ。

第1部顕れるイデア編が上下二巻、第2部遷ろうメタファー編が上下二巻、かなりの長編で、1巻につき10時間は聴き続けることになる。ただ、手足の自由は効くし、どこにいても聞けるので、本を読むよりも実際には早い日数で聴き終えることができた。高橋一生の声も頭によく響いて、情景を浮かべやすい。第1部ではこれがどうして「騎士団長殺し」という題名にふさわしいストーリーなのか、不可思議だった。第2部でドイツでの未遂事件の記憶にもとづいた「騎士団長殺し」の日本画から飛び出した騎士団長風イデアおじさんが実際に「騎士団長殺し」の未遂事件を完遂させるというイベントが、このストーリーの真骨頂であることが理解できた。たしかに村上春樹ワールドはイデアの世界を活字にしたものなのだろう。イデア(理念)は随所で芸術や音楽の形をとってあらわれる。秀逸なのは、このHARUKIワールドが、形而上の世界と形而下の世界を自由に行き来することである。この手の小説にはめずらしく、男女の心と身体の営みに関する描写はあられもなくつまびらかで、情欲をそそられるがままに、次のストーリーのページをめくらせる。

かなり長編の4冊を4日間で聴き終えたのは、これまでの私の読書経験の中でも、相当に早い。私が暇な人生を送っていることの証明なのかもしれない。とはいえ、普通は、疲れて読むのを休むところだが、聴くだけだと時間はかかっても着実に次のページがナレーターによってめくられていくので、あまりこちらは疲労感がなく、そのわりに、頭にはその情景が浮かびやすく、記憶にも残りやすい気がした。

ただ、Audibleだと、あとから読み返すには不便である。登場人物の名前やイベントの確認をするために、あとからそのページを開いてみるというのは難しい。まあ、そういう行為は読書感想文を書いたりするときぐらいしか、しない気もするが。

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