しあわせ・Happiness

Happy Father’s Day

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I got wonderful presents from the hearts of my kids.Nice to be recognized as the father of someone young and I love most since they were born. Hopefully, I can still do something as their proud and only father. Today, I can only thank my daughters and sons and my wife who made me a proud father.

母の日が太陽とすれば、父の日って月ですよね。バレンタインデーのお返しのホワイトデーみたいなものかな。それだけに、子どもたちからプレゼントなんてもらうと、とびっきり嬉しくなってしまいます。家族ってありがたいですね。ハッピー父ちゃんの日でした。

加藤耕也くん、東京パラリンピック世界予選大会優勝・浅野俊くん、東京パラ出場確定おめでとう!!

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今回、スロベニアのラスコ市で開催されていた東京パラリンピックに向けた世界予選大会で、クラス11(知的パラ)の加藤耕也選手が見事優勝して、優勝者だけに与えられる東京パラリンピックへの出場権を獲得した(写真は卓球王国に掲載)。このクラスでは世界ランク8位につけて、世界ランク7位までが出場権をすでに得ている中、次点となっていた加藤選手は、精神的にも相当なプレッシャーを感じてこれまで練習してきていたことだろう。今回出場選手の中で、加藤選手の強敵は、世界ランク10位で、伸び盛りの若手のKim Chang Gi(韓国)選手である。以前、オランダの大会で苦杯をなめ、チャイナ・オープンでは大接戦で勝っているとはいえ、実力は伯仲しており、メンタルの勝負と思われた。2-0から3・4ゲームをジュースで落とし、2-2とされる精神的には追い詰められた状況のラストゲームでしっかり勝ちきったのは加藤選手の東京パラに向ける気持ちの勝利としかいいようがない。LINEで加藤選手より優勝のメッセージをもらい、これまで2年間、彼と一緒に世界選手権や多くの国際大会で過ごした日々が蘇ってきた。悔しい思いをしたときが多かったかもしれない。東京パラでの彼の活躍を見れることが、本当に嬉しくてならない。加藤くん、そしてベンチコーチをなさっていたお父さん、家族の皆さん、おめでとうございます。

この大会では、クラス分けが実施されており、現在レビューという仮の資格を持っている選手たちのクラスを確定する作業が行われた。障がいの程度と障がいが卓球競技に与える影響を判断する試験である。今回は、アジア選手権大会で優勝して東京パラリンピックの出場権を獲得した浅野俊(たかし)選手がこのクラス分けを受けていた。クラス11(知的)は、他のクラスとは違って、判定には確定と確定しない、YesとNo、しかなく。確定されることが、東京パラリンピックに出場するための絶対条件である。私もアジア大会でこのクラス分けに同伴したが、実技テストやコンピューターを使った認識力テストなど、英語の通訳も含めてかなり緊張するものである。結果は、確定(Confirmed)! これで、日本は世界で12名しか出場権のないパラ卓球男子のクラス11において、一国に許される最大数である3名の選手(加藤、浅野、竹守各選手)が代表権を獲得するという快挙を果たしたのである。パラリンピックでクラス11初のメダルも見えてきた!

<世界予選大会の全結果>

今回、クラス11の女子で、優勝候補だった世界ランク8位の伊藤槇紀さんは、今回の大会の優勝と準優勝の選手にフルゲームで敗れ、残念ながら予選通過はならなかった。

女子車椅子クラスでは、茶田ゆきみ選手が大健闘し、本当に惜しくも決勝で涙を呑んでいる。マダムバラフライとして世界に知られている別所きみえ選手も本大会に出場して、その勇姿を見せてくれた。残念ながら優勝して東京パラへの出場権を手にすることはできなかったが、73歳で世界ランク8位を維持する別所さんの東京パラリンピックを目指す気迫は、生きるレジェンドにふさわしい。

男子車椅子クラスでは、南選手が予選を一位通過して、準決勝進出。斎藤選手も同じく準決勝に進出している。期待のベテラン、吉田選手は、残念ながら予選通過ならずという悔しい結果だった。

女子立位クラスでは、進境著しい友野ゆり選手が3勝1敗の三つ巴となって、勝率でいま一歩及ばず。

男子立位クラスでは、クラス6の七野かずき選手が、決勝まで進出している。いつも笑顔の優しい好青年の彼の試合は、杖で動かない足を支え、手の届く範囲でラケットの角度を駆使して返球するマジック卓球である。井上まさちか選手も準決勝進出。優勝したポーランドの選手に惜しくも敗れている。ジャパンオープンで優勝した垣田斉明選手は今回は決勝トーナメントの準々決勝で敗れている。

みんなパラ卓球大会の常連で、東京パラリンピックを目指して、本当に汗と涙を流し続けてきた選手たちである。そのガンバリは誰でも絶対応援したくなる。まだ、開催国日本には、4つの推薦枠が残されている。おそらく上記の中の4名の選手が、東京パラリンピックへの出場資格を得るのではないかと思われる。パラリンピックへの出場はパラアスリートの夢だろう。すでに次のフランスパラリンピックに照準を当てて、練習に励んでいる選手もいる。応援しよう、パラアスリート!

林住期(50~74歳)は人生の黄金期?

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林住期って何だろう?

五木寛之さんの「蓮如」を読んで、御文の誕生と妻の死に面して大泣きする人間らしい情のかたまりであることをためらわない生き方に共感を覚えた。そして50歳を迎えた頃に五木さん著の「林住期」と出会った。人生50年と舞った信長の時代から太平洋戦争の頃まで、日本人の寿命は50年だった。今や、平均寿命は80歳を越え、100歳以上も珍しくはなくなった。そう、これからは人生100年時代になるのだろう。

人生を起承転結、春夏秋冬のように4つに分ける考え方が、古代インドにあったそーな。人生100年とするなら、1-24が「学生期」25-49が「家住期」50-74が「林住期」75-100が「遊行期」である。

学生期に人生の準備をして、家住期に勤務を果たし、林住期で自分のために人生を使い、遊行期で余生を楽しくすごす。家住期において、国家社会・家族などに対する責務を果たして、その後の暮らしが成り立つように頑張れば、林住期では、自分の人生の目的・夢・やりたいことを中心に生きる、いわば人生の黄金期、飛翔(ジャンプ)を可能にする、と五木さんはブッダに代わって説くのである。

34歳にして国連に入り、49歳になった私は、その頃ミャンマーにいて、14万人の命を奪ったサイクロン・ナルギスからの復興支援を行っていた。まだ、子どもが学生であり、経済的にもゆとりもなく、家住期の責務を果たしきってはいなかった。かといって、このままでは、林住期の人生を謳歌することはできない。55歳になったら、ミャンマーで孤児院をつくって、スポーツを教えてチャンピオンを育てよう。そのための準備を始めなくては。そんなことを考えていた。

鹿児島の南さつま市の津貫という過疎の村が私の故郷である。国連を早めに退職するきっかけの一つは、父の他界と母の認知症だった。息子が国連で働くことを喜んでいた両親への孝行もそろそろ形を変えていい時期にきていた。4人の子供らも大学を卒業した。私は、日本に帰国して、子供らと交代するように、大学院に入って、久しぶりに、キャンパスライフとやらをやってみた。卓球を再開し、九十九というクラブに入って、50代の試合に出場するようになった。ペルーに30年ぶりに招かれて、ナショナルチームのコーチとして、パンアメリカ大会とボリバリアーノ大会にも参加した。日本知的障がい者卓球連盟のコーチをほぼボランティアで始めて、数々の国際大会とアジア選手権や世界選手権も経験することができた。

ミャンマーの孤児院もいくつか訪問したが、結局、障がい児センターで、スポーツを導入するプロジェクトを立ち上げることとなった。

それでも、2-3年の間は、自分が有意義な人生を送っていないのではないか。また仕事を見つけて働くのが、あたりまえではないか。などという疑念が、常に頭の中をウロウロ歩き回っていた。

有言実行型をめざして一つだけ宣言したことがあった。それは「歳を取るのをやめる」である。

私は、国連という職場のなかで、常に若く、青く、軽く、見られていた。少なくともそう感じたし、そういう反応ばかりが、ネガティブに私には伝わってきた。そこで思いついたのが、髭を生やすこと。とにかく年長に見られたい。その一心だった。林住期に入った今、職場にも復帰する気がなく、自分の等身大の人生を歩むことにしたのだ。だったら、歳を取る必要もないし、取るだけ損だ。というわけで、歳については、進む針を凍結することにした。

今のところ、その成果は上がっている。ほぼなくなりかけていた前髪が少し戻ってきた。筋肉もついた。人格は、相変わらず、青二才だが、そんな大人になれないでいる自分に、平気になってきた。

林住期を楽しむ準備がやっとできたようだ。

玉手箱を開けないように。

四住期は「しじゅうき」と読みます。古代インドの社会的な規範を記した聖典「マヌ法典」により、四住期という考え方は生まれました。人生を、学生期(がくしょうき)・家住期(かじゅうき)・林住期(りんじゅうき)・遊行期(ゆぎょうき)の4つにわけて、それぞれのステージにおける規範に即した生き方をすることで、幸せな人生を送れるとされています。

Ping Pong for children in Myanmar/ミャンマーの子供たちにピンポン

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2月1日の軍部のクーデターにより、アウン・サン・スー・チーさんや国政選挙で大勝したNLD(国民民主連盟)幹部は囚われの身となり、政権をミャンマー国軍に奪われている。ミャンマー市民は歴史を逆行する悪夢のような国軍の暴挙に憤り、生命を賭けて、自由と民主主義にもとづく政治と暮らしを取り戻そうと立ち上がっている。ガンジーのように平和的な運動を続けていた市民らに対して、ミャンマー国軍は銃を向け、毎日のように犠牲者が増えている事態となっている。市民の中からも、国軍と戦うための自衛組織をつくる動きがあり、長い間、最大民族であるビルマ族の支配に対抗してミャンマー国軍と闘ってきた少数民族の組織とも協力関係が生まれている。

コロナ禍に見舞われて、巣ごもり状態にあった市民がデモ行進に参加して街に出る。市民の多くは、国軍の弾圧から逃れるために、要所にバリケードを築き、家に引きこもっている。コロナどころではない状況とあって、コロナ対策も滞っている。

私が活動を続けていたAye Myittar障がい児センターは、どんな状況だろうと心配していた。センター長のHtay Lwinさんから連絡をもらい、みんな無事だということがわかった。思いがけないことに、Htay Lwinさんから、「卓球をつづけているよ」というお話があり、二人の身体障がいのある男の子が卓球を楽しんでいる動画を送ってきてくれた。軍事クーデターやコロナ禍の中で、少しでも運動を楽しんでもらえていることが、嬉しい。日常の何気ない自由で平和な運動。そんな過ごし方を大事にする気持ちが、国家のあるべき姿を問い、良い方向に向かうようなエネルギーになるといいな。

市民の願いがかなえられ、いっときも早く平和が戻ることを信じて。ピンポン。

心一郎の結婚式

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Shinichiro, the eldest son, has got married with Noriko-san, a Japanese lady. They have a lot common and plan to establish a warm and loving home and creative life. Shin (心)means the ‘heart’ and Shinichiro has proven to be a warm-hearted and a gentle promising young man who can connect people beyond various barriers. Congrat Shin and Noriko-san for the marriage and look forward to your forming a new loving and happy family!

長男の心一郎と紀子(旧姓中村)さんが、本日4月25日、平成の最後の大安の日に、鶴岡八幡宮にて挙式をあげました。雨上がりの新緑の萌えるすがすがしい境内で、おごそかな式をタイムスリップしたような気分で楽しませていただきました。心ちゃん、紀子さん、おめでとう。しあわせ一杯の家庭を育んでください。

スポーツをできる幸せ、スポーツでつくる幸せ

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リオ・オリンピックでは、これまでで最高の41個のメダルを日本選手たちが獲得した。次の東京オリンピック・パラリンピックに向けての重要な道標であり、とても良い形のジャンプ台となった。長期的な展望がスポーツ界の人材育成にも目に見える良い効果をもたらすことの証明だろう。

Sport for Tomorrowは東京オリンピックまでに日本のスポーツにおける国際貢献を増やし、100カ国1千万人に対して実施しよう、というプログラムである。日本がオリンピックを東京に招致する際に表明した公約の一つである。青年海外協力隊、草の根無償援助、身障者リハビリセンター支援、企業による社会貢献型支援、スポーツNPO支援など官民財を通じて盛り上げようとしている。しかしこうした国際貢献の効果は、簡単に測定できるものではない。長期的なスポーツの発展とそのスポーツの社会経済文化への貢献度の極大化が求められている。国際的には、国連が、平和と開発のためにスポーツを活用しようというキャンペーンを行っている。

リオ・オリンピックでは史上初めての難民選手団が結成されて、10人の選手が参加した。国籍を問わず、ブラジルや世界中の市民の注目と声援を受けた。オリンピックの参加組織は国家に限定されていない。そのユニークな伝統を活かしたIOCの英断である。オリンピックに向けてこうした国や施設のない子供やアスリートに対するサポートを実施することは、一つの重要な支援分野となるだろう。これは難民の若者に夢と機会を与えるとともに、難民の置かれた環境を世界の人々に知らしめる絶好の機会ともなっている。難民の彼ら彼女らにとっては、スポーツができる幸せを痛感するオリンピック参加となった。その一方で、難民選手団の活躍を見ている側の私達にとっても、スポーツによる幸せづくりの可能性を見出す新たな契機となった。

オリンピックの招致合戦から、東京都都知事選、東京オリンピック・パラリンピックに向けての景気の底上げなど、スポーツの経済効果、政治への影響度についてはよく知られている。そのスポーツの社会・経済・政治・文化への貢献能力をフルに活性化させようとする動きが、Sport for Peace and Developmentであろう。人間中心の開発(Human Development)という観点から見ると、スポーツを通じた心技体のバランスのとれた発達と人格の形成を図るということが重要となる。

日本のスポーツ基本法(平成23年施行)はその第2条で、「スポーツはこれを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利である(以下省略)」と謳っている。スポーツができる権利はもとより、スポーツをつうじて幸福な生活を営む権利を認めている。スポーツをする機会を与えるだけでなく、そのスポーツを通じて如何に恵まれない子どもたちや地域の幸せづくりに貢献できるのかという視点が、スポーツによる国際・国内協力にも求められているということだろう。

 

 

Sport for Happiness

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Sport for Happiness

1983年から2年半、青年海外協力隊の卓球隊員として、ペルーのナショナルチームのコーチングや学校・地方での普及活動を行った。その後、シチズン時計の卓球部で実業団を経験。1988-1990年はドミニカ共和国で青年海外協力隊の調整員をする傍ら、現地の卓球連盟の活動を支援する。1994-1999年には国連に勤務しながら、ミャンマーの卓球連盟のナショナルチームのトレーニングパートナーをつとめ、機材供与を行う。2004-2008年には、ブータン王国で卓球連盟のコーチ兼アドバイザーとして、ナショナルチームの育成に尽力する。その後も、ミャンマー、フィリピン、ブータンに対する機材供与などのサポートを行ってきた。

Sport for Happinessは、恵まれない子供たちに対して、体系的かつ長期的なスポーツ支援を実施して、質高いアスリートを育成するためのプログラムである。アスリートとしての能力の向上を通じて、恵まれない境遇にある子どもたちに自信と希望を取り戻し、彼ら・彼女らの幸せづくりに寄与することを目的とする。社会的貢献としては、社会階層、民族、出自などによる格差や差別の解消とスポーツ振興に必要な環境づくりに寄与する。

 Background

Sport has been a driver of physical, mental and social development of a person.

Today, sport is recognized as having a significant potential to serve as an effective means to create an unity, peace and happiness in the human society.

There is a growing consensus that having an access to practice sport is a human right and it is for:

  • entire life-cycle of a person: from a baby to an elderly;
  • abled and differently abled; and
  • every individual regardless of their origin, age, sex and belief.

Mission

Sport for Happiness is established with the aim to support disadvantaged children including orphans, displaced, poor, minorities, differently abled,  in the advancement of their human development through providing an access to practice sports.

Goals

Sport for Happiness intends to help disadvantaged children achieve the following goals by providing an access to practice sports.

  1. To enjoy sports, physically, mentally and technically;
  2. To develop skills and self-confidence to compete at a higher level, national and international; and
  3. To develop life-skills and personality that enable them to explore their life with dignity, respect and happiness.

Areas of works

  • Collection and provision of used materials and tools for playing sports.
  • Provision of organized practice and coaching.
  • Support technical training of coaches and selected players.
  • Organization of tournaments and exchange, nationally and internationally.
  • Advocacy and networking with relevant national institutions and media.
  • Reaching-out companies and supporters that provide voluntary and financial support.

Achievements

  • Donation of table-tennis materials to the Philippine (2014), Myanmar (1990’s, 2009, 2016) and Bhutan Table-Tennis Federations (2004-2008, 2016).
  • Provision of coaching to the national table tennis teams of Bhutan (2004-2008)

Planned activities

  • Nov. 12-20, 2016: Organization of a table-tennis tournament in commemoration of 30th Anniversary of diplomatic relations between Bhutan and Japan in Thimphu,Puntseling and Paro.DSCF3606