スポーツ
西田泉さん、ペルーの卓球ボランティア仲間の来訪
Ping Pong Volunteers: I met with Izumi Nishida-san an excellent table tennis player/coach currently living in Peru, with her 2 years old son, David (Yuta) at Kishida Dojo. She used to practice here when she was an elementary school girl. She served in Guatemala as a table tennis coach through Japan Overseas Cooperation Volunteer (JOCV) program (I did this in Peru 1983-85) then got married with Peruvian player (architect), Renzo-san. She is visiting Japan with her cute son and will be serving as a Tokyo Olympic and Paralympic volunteer during her stay in Japan. The same today, I shipped a carton of table tennis uniforms and rubbers donated by Chiyo Ono-san to Lima, Peru. Those table tennis materials will be used by Peruvian boys and girls through Impactando Vida program led by ex-TT champion, Monica Liyau. It’s a small and wonderful world as and if we connect our hands and hearts.
今日、西田泉さんと2歳になる息子さんが岸田道場を訪問しました。泉さんは小学生の頃はここで練習して、リトルキングスで全国大会でもチーム優勝しています。青年海外協力隊でグアテマラに赴任して、そこで出会ったペルー人の旦那さんと今ではリマ市に在住。私も2017年にペルーを再訪したときに一緒にナショナルチームを指導した同僚ですね。今回はペルーから日本に里帰り、東京オリンピック・パラリンピックのボランティアをするそうです。すごい! 私も今日は、小野千代さんからいただいたユニフォームやラバーを箱詰めして、ペルーのImpactando Vida(人生のインパクト)という卓球普及活動している元ラテンアメリカ卓球チャンピオンのモニカ・リヤウさんのNGOに送りました。卓球好きの思いがペルーの子供たちに伝わるといいですね。




伊藤まき選手(お母さん、お父さん、小野千代さん)東京パラリンピック出場権獲得おめでとう!
昨日、招待枠(バイパルタイト/bipartite slots)による東京パラリンピック卓球競技の最後の出場者が確定し、その発表があった。 クラス11(知的障がい者部門)の女子の最後の1枠に選出されたのが、日本の伊藤まき選手である。当該クラスは東京パラリンピックにおいて許された参加者数が全部で8人という狭き門になっており、日本からは世界ランク5位の古川佳奈美選手がすでに参加を確定していた。世界ランク8位で惜しくも選外となっていた伊藤まき選手は、先にスロベニアで行われた東京パラ世界予選会で、第一シードとして参加したが、優勝したフランスの選手と準優勝したトルコの選手に接戦で敗れて、招待枠の最後の1枠にのぞみをつないでいた。世界ランク7位のインドネシアの選手はクラス分けが確定していないため、世界ランク8位の伊藤まき選手が、もっとも招待枠に近い選手と目されてはいたが、二人目の日本人選手を招待枠に選出するかどうかは予断を許さない状況だった。伊藤まき選手は、日本で知的障がい者卓球の全国大会が始まった1998年から2020年までの23回、毎回参加を成し遂げ、1999年に初優勝して以来、2019年に実に11回目の優勝を果たしている。日本知的障がい者卓球界のレジェンド的な存在である。他の選手に比べても障がいの軽くない伊藤選手の編み出した卓球スタイルは、彼女独自のものであり、ユニークでクリエイティブなものである。彼女の20年もの長期にわたる国際的な活躍は、特にお母さんの献身的なマネージングと家族・コーチの支えがあってこそのたまものである。現在は、このブログでも紹介した、小野千代コーチの指導を受けており、これから東京パラリンピックに向けて、みんなでチームまきちゃんとなって、全力ダッシュして、念願のメダルを獲得するに違いないと信じている。
今回の招待枠では、肢体不自由のクラス7の井上選手とクラス2の南選手も出場権を獲得しており、活躍を祈念したい。おめでとうございます。

小野千代さんからのBigプレゼント
日本卓球界でも有名な小野千代さんからデッカイダンボール箱が送られてきました。小野千代さんとは、知的パラ卓球の日本選手団の引率でいくつかの国際大会でご一緒して、ご指導いただきました。時折、スパークリングをお願いして、思いっきり前後左右にふられまくっています。
相当大きなダンボール箱は、33Kgもあって、抱えて移動するのも大変。中を開けると、ムチャクチャたくさんの卓球用具が入っていました。これだけのものだと、メルカリで売ったら、かなりの額になりそうです。
一人でこれだけの寄付をいただいたのは前例のないことです。本当に感謝しかありません。さすがにトップの選手・コーチになると半端ない量と質の卓球用具を使いこなしてきた半生の重みを感じさせます。これまで表ソフトのラバーは中古でもなかなか手に入らなかったので、助かります。前陣速攻の小野千代さんだからか、ユニフォームは私も好きな軽めのものが多いようでした。女性用の服は、サイズが小さめで、子どもたちはユニセックスで使えるのでちょうどいいですね。スカートタイプも最近ではトップ女性選手のあいだで着用されていますし、ラテンアメリカとかでは特によろこばれそうですね。小野千代さん、本当にありがとうございます。早い機会にペルー、ブータン、ミャンマーの子供たち、選手たちに配布する予定です。コロナが終息すれば、私自身で持っていきますが、郵送も考えています。小野千代さん、みなさん、これらの用具を使っている子供たちに一緒にコーチングに行きましょうね。




寄付の内訳は、下記のとおりです。
| ユニフォーム(上) | Used | 52 | 表ソフトラバー | New | 49 | |
| ユニフォーム(上) | New | 13 | 表ソフトラバー | Used | 2 | |
| ショートパンツ | Used | 22 | 裏ソフトラバー | New | 22 | |
| ショートパンツ | New | 1 | ||||
| スカート | Used | 9 | ソックス | New | 5 | |
| T-シャツ | Used | 23 | アームウォーマー | New | 2 | |
| T-シャツ | New | 3 | リストバンド | New | 4 | |
| ジャージ (上下) | Used | 1 | タオル(大) | New | 1 | |
| ジャージ (上下) | New | 1 | タオル(小) | New | 1 | |
| ジャージ (ズボン) | Used | 3 | タオル(中) | Used | 1 | |
| ジャージ (ズボン) | New | 2 | 保温ボトル | New | 1 | |
| フード付きトレーナー | Used | 1 | キィホルダー | New | 1 | |
| パンツ(膝丈) | Used | 1 | 卓球ボール | New | 6 | |
| セーター | Used | 1 |
全日本クラブ選手権大会東京予選を通過
全日本クラブ選手権大会は、卓球クラブチームの夢の球宴だ。特に年代別の選手にとっては、年に一度のチーム戦の祭典である。今年は40代がなくなり、30以上の部と50以上64歳までの部となったばかりか、参加チーム数も制限されて、東京も代表2枠を争う厳しい闘いとなった。配られた組合せは一番アタリたくないと思っていた、3年前に決定戦で逆転負けを喫した卓楓会のブロックだった。卓楓会は東京選手権50代3位の八城くんが加わって、さらに層の厚い陣容だった。一回戦の渋谷卓球クラブ戦、私とエースの河島さんと組んだダブルスは絶対勝利と思いきや、練習もせず今年初めて打つダブルスは失点が続きガタガタと崩れた。簡単に1ゲーム目を落とし、2ゲーム目を奮回するも3ゲーム目にまた蜘蛛の巣に絡まるように決め手をかくまま敗れた。2番手のサトケンさんの勝利のおかげで、シングルス3連勝で逆転勝ち。2回戦の相手は松卓会。50代の動きが良くパワーもある選手が多いようだ。ダブルスは3ゲーム目にもつれこみ、9-9から私の勝負のレシーブ・フリックが入らず、そのまま落とす。サトケンさんがまた二番手で勝ち、タイにしてくれる。私のシングルスの相手は計良さんで、私のフォアへのドライブ攻撃をいとも簡単にカウンタースマッシュする。私に勝つ相当の自信ありの空気が伝わってくる。ロングサーブからのカウンタースマッシュのパターンが主体だったので、ほとんどレシーブからドライブ攻撃して、打たれても2本、3本と返すと5分以上の展開になる。今回もシングルスで勝つ。決定戦はやはり卓楓会。ダブルスで勝たないとシングルスは不利。1-1で迎えたラストセットで調子は悪くなかったが私のサーブミスとレシーブミスもあって、またもダブルスで敗れる。万事窮す。2番手のサトケンさんも敗れて0-2。これからシングルスで3連勝するのは不可能に思われた。3台横並びで同時進行するシングルスで、まず河島さんが(アキレス腱を切って卓球復帰を果たしたばかりの)荒井さんに勝つ。私は3年前にも当たった飯田さんに1ゲーム目をラブゲームで取るも、2ゲーム目は必死にボールに食らいつく飯田さんの執念につかまって1-1とされた。絶対に勝てないと皆が思っていた椋さんが八城さんに対して1ゲーム目をジュースの連続で勝ち取った。2ゲーム目はずっとリードされた劣勢から、スマッシュを拾いまくり、椋さんが中陣からのドライブの連発で逆転し2-0の大金星をあげたのである。当然ながら私と飯田さんのラストゲームに衆目が集まる。捨て身で全部のボールを決め打ちしてくる飯田さんの勢いは、競るとまずい雰囲気ありあり。とにかくサーブ・レシーブに集中して、凡ミスを減らし、勝ち切ることができた。ダブルスで負けて、あきらめかけた全国大会への切符が、九十九チームに舞い戻った。本当にチームのみんなのおかげで手にできた久しぶりの全日本大会への東京都の代表権である。
「勝ちに不思議の勝ちあり」


大坂なおみ(Naomi)さんを応援しよう
最近ヤンゴン日本人学校でパラリンピックについてゲスト講義をする機会があった。そのときに私が尊敬する人物について、ガンジーさんやネルソン・マンデラさんとともに、スポーツ界を変えるアスリートとして大坂なおみ(Naomi)さんについて話した(下の写真)。彼女はBlack Life matters運動を率先して行い、大会の組織委員会の妥協ばかりか、アメリカスポーツ界の政治的行為の排斥原則を変える歴史的な転換をもたらした。
今回、French OpenにおけるNaomiさんのインタビューの拒否は、単なる個人的な問題としてしか捉えられていなかったようだ。Naomiさんも、おそらく、彼女自身の個人の権利に関するものと考えていたと思う。ナダルさんや錦織さん、多数のテニス界のスター選手がコメントを求められ、
(1) Naomiさんの決断をリスペクト(尊重)する。
(2) インタビューは仕事である。
という二つのことを述べていた。その根幹には、
今のテニス界の発展=商業価値はメディアに頼るところが大きい。
というアスリート側の現状認識があるようだ。
New York Timesによると、Naomiさんのインタビュー拒否に対して、全仏の運営者側は、
Naomiさんに、罰金1万5千ドルを課し、これ以上、拒否するなら、罰則として全仏からの不戦敗もありうる、と警告を行っている。
そして、この過剰なまでに強い警告の宣告文(ステートメント)には、フランステニス協会会長、米国テニス協会会長、オーストラリアテニス会頭、全イングランドクラブ会長(ウィンブルドンを運営)の署名があったそうだ。
つまり、テニス界の頂点を決める四大大会(グランドスラム)のトップ全員が、インタビューを拒否する選手は、四大大会から排斥すると、このあまりにも早い時点で警告を行ったのである。インタビューを拒否するNaomiさんの行動は、テニス界を根底から揺るがす許すまじき行為であり、テニス界で生きていきたくば、このような真似をしてはならないという、テニスプレーヤー全員に対する警告のつもりだったのだろう。
あまりにも明確なことは、テニス界を運営する人たちは、テニスをビジネスにしており、選手はメディアや観衆を楽しませるための商品と見なされているということである。ビジネスファーストであり、セカンドもサードもビジネス、ビジネスである。多くのプロ選手たちも、プロツアーで勝つことと、自分の商品価値を上げることを、ほぼ同義ととらえ、アスリートという名の個人事業主として、テニス界と向き合っているようだ。
Naomiさんは独特なスピード感をもって「全仏オープンからの自主的な棄権」という選択を発表した。鬱の症状に苦しんできた彼女の独白は、グランドスラムを四度も制するタフな精神力とスーパー身体能力を有する女性のイメージからは程遠い、痛々しいほどの苦しみと不安に満ちたものだった。
セレナ・ウィリアムズさんは、Naomiさんをハグしてあげたいと、記者会見で答えた。テニス界にも多様な人々がいて、それぞれにベストなやり方で、いろいろな局面に対応している。それでいいじゃないの。Naomiさんには、Naomiさんにベストな方法でガンバることを認めてあげるべきでしょう。Naomiさんのテニスの憧れの人、鬱のきっかけとなったUSオープンの決勝の対戦相手のセレナさんは、テニス界に黒人女性を認めさせたパイオニアでもある。セレナの言葉は、I have a dreamというキング牧師のスピーチのスピリットにも重なって響いた。
Mental health of an athlete matters
Naomiさんは、再び、プロスポーツの世界の常識に転換点を突きつけた。
Naomiさん、we all have heard the true voice of your heart. Please take your time, relax, refresh and recover. We all stand with you and hope to see your smile soonest.

ブータンのオリンピック・パラリンピック参加
ブータン卓球連盟のダラ・コーチからブータンのオリンピック参加についての便りがあった。
ブータンの伝統スポーツはダツェと称する弓術である。オリンピック競技でも、アーチェリーに力を入れており、東京オリンピックにおいても、ブータンはこのアーチェリー競技において参加資格を獲得している。また東京オリンピックには、初めてブータンから水泳の選手が参加するという。私がブータンに赴任していた2004年から2008年の4年間、水泳をしているブータン人を目にした事はなかった。首都ティンプーにはスィミングプールと呼ばれている場所が一つだけあったが、プールが実際に使用されているところを見たことはなかった。そのブータンから水泳の選手がオリンピックに参加するというのだから、これは絶対に応援しなくては。私たちがもはや忘れてしまった参加することに意義のあるオリンピックの原点を知ることになるかな。いや、そこでは必ずやブータン新記録が生まれ、そこからブータン競泳の新しい歴史が始まるに違いない。ブータンだけではなく、世界の幸福量を増やせるといいな。
ブータン・スポーツ界にとって、もっとも喜ばしいことは、ブータンの障がい者が、アスリートとして初めてパラリンピックに参加することである。参加競技はアーチェリーと砲丸投げだそうだ。パラリンピックの近代史は、英国のストークマンデビル病院でリハビリを目的として行われた車いすアーチェリーから始まった。ブータン・アーチェリーのオリンピックとパラリンピックにおける活躍を期待したい。パラ陸上の砲丸投げの選手の誕生も初耳であり、喜ばしい出来事だ。ブータンは人口が少なく、経済的な余裕もないため、国内で実施するスポーツ種目の数を限定する風潮があったのは過去の話となったようだ。ブータンスポーツ界が、パラだけではなく、その競技種目も多様化していることを歓迎したい。
ブータンでパラ・スポーツを振興することが、国連時代を過ぎ、林住時代における私の目標である。そのスタートとして、2016年12月に日本卓球協会の代表団とともに、日本・ブータン国交樹立30周年記念のファイナルイベントとして卓球交流セミナー・日ブ交歓卓球大会をブータンの首都ティンプーで実施した。パラ卓球の代表として、畠山講史郎日本パラ卓球協会会長と立石アルファ裕一選手がメンバーとして参加してくださった。日本卓球協会からは、渡辺武弘参事と松下雄二(男子U-12監督)という壮壮たる方々が当代表団のリーダーとして来られた。シチズン時計監督の伊藤誠氏と元早大キャプテンの矢野敬之氏は私の後輩でもあり、当計画のサポーターでもあった。ブータンオリンピック委員会においても、パラリンピック部門を新設したばかりのときであり、卓球交流・セミナーも障がいのある子供たちをインクルーシブして行い、それ以来、パラ卓球の歩みがブータンでも始められている。
We celebrated 30th Anniversary of Bhutan-Japan Diplomatic Relations through table tennis. Japanese delegation included Mr Takehiro Watanabe (chief), Yuji Matsushita, Sei Ito, Takayuki Yano, and Koushiro Hatakeyama (President of Para-JTTA) and Alfa Tateishi. All are great well-known players/coaches. I served as a guide and fixer. The real mission is to promote Sport for GNH. We visited BOC, GNH Commission, the UN and rural schools It was fun, memorable and beginning of new relationships among sport lovers beyond generations, physical abilities and borders. Seasons Greetings to you all!
Sport for Happiness
Sport for Happiness
1983年から2年半、青年海外協力隊の卓球隊員として、ペルーのナショナルチームのコーチングや学校・地方での普及活動を行った。その後、シチズン時計の卓球部で実業団を経験。1988-1990年はドミニカ共和国で青年海外協力隊の調整員をする傍ら、現地の卓球連盟の活動を支援する。1994-1999年には国連に勤務しながら、ミャンマーの卓球連盟のナショナルチームのトレーニングパートナーをつとめ、機材供与を行う。2004-2008年には、ブータン王国で卓球連盟のコーチ兼アドバイザーとして、ナショナルチームの育成に尽力する。その後も、ミャンマー、フィリピン、ブータンに対する機材供与などのサポートを行ってきた。
Sport for Happinessは、恵まれない子供たちに対して、体系的かつ長期的なスポーツ支援を実施して、質高いアスリートを育成するためのプログラムである。アスリートとしての能力の向上を通じて、恵まれない境遇にある子どもたちに自信と希望を取り戻し、彼ら・彼女らの幸せづくりに寄与することを目的とする。社会的貢献としては、社会階層、民族、出自などによる格差や差別の解消とスポーツ振興に必要な環境づくりに寄与する。
Background
Sport has been a driver of physical, mental and social development of a person.
Today, sport is recognized as having a significant potential to serve as an effective means to create an unity, peace and happiness in the human society.
There is a growing consensus that having an access to practice sport is a human right and it is for:
- entire life-cycle of a person: from a baby to an elderly;
- abled and differently abled; and
- every individual regardless of their origin, age, sex and belief.
Mission
Sport for Happiness is established with the aim to support disadvantaged children including orphans, displaced, poor, minorities, differently abled, in the advancement of their human development through providing an access to practice sports.
Goals
Sport for Happiness intends to help disadvantaged children achieve the following goals by providing an access to practice sports.
- To enjoy sports, physically, mentally and technically;
- To develop skills and self-confidence to compete at a higher level, national and international; and
- To develop life-skills and personality that enable them to explore their life with dignity, respect and happiness.
Areas of works
- Collection and provision of used materials and tools for playing sports.
- Provision of organized practice and coaching.
- Support technical training of coaches and selected players.
- Organization of tournaments and exchange, nationally and internationally.
- Advocacy and networking with relevant national institutions and media.
- Reaching-out companies and supporters that provide voluntary and financial support.
Achievements
- Donation of table-tennis materials to the Philippine (2014), Myanmar (1990’s, 2009, 2016) and Bhutan Table-Tennis Federations (2004-2008, 2016).
- Provision of coaching to the national table tennis teams of Bhutan (2004-2008)
Planned activities
- Nov. 12-20, 2016: Organization of a table-tennis tournament in commemoration of 30th Anniversary of diplomatic relations between Bhutan and Japan in Thimphu,Puntseling and Paro.










