スポーツ
オリンピズムと人間の進歩
- クーベルタンの理想とトインビーの人類史観
「近代オリンピックの父」といわれるピエール・ド・クーベルタンは、フランスの敗戦の沈滞から立ち上がるべく教育改革を目指す青年だった。イギリスのパブリックスクールにおけるスポーツの役割に感銘を受けたクーベルタンは、スポーツ教育の理想の形として「古代オリンピックの復活」を唱えるようになり、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)を創設し、1896年に第一回アテネ大会を開催するにいたる[i]。
クーベルタンがオリンピックを再興しようとした根本動機は「スポーツを通じて人間を変革すること」にあり、それは単なる「スポーツの祭典」ではなく、精神の発達を願う芸術や文化を融合したものだった[ii]。オリンピズムはそのようなクーベルタンの考えを反映するものであり、その根本原則として以下のようなことを挙げている。(オリンピック憲章より抜粋)
1.オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
2. オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである
さて、英国の歴史家トインビー(1948)は、人類が誕生してから「何らかの肉体的あるいは精神的進歩があったと想像すべきいかなる保証もない」とその著書で述べている。彼によると「人間は非人間的自然を処理すること」は得意であるが、自分自身を含む「人間の内部にある人間的自然を処理する」ことには不得意だという。そのため、人類誕生以来現代にいたるまで「非人間的世界」における顕著な進歩と、人間の内部の「精神的世界」における未成長または非進歩という、トインビーのいうところの著しい不釣り合いによる「この地上における人間生活の一大悲劇」が進行中であり、地球温暖化や紛争や貧困は、その人間の業ともいうべき「悲劇」の産物と考えられる。
クーベルタンが理想としたように、はたしてスポーツは、「人間の内部にある人間的自然」のコントロール能力を発達させ、この人間の精神的世界における停滞を打破することに貢献することができるのだろうか。
[i] JOC – オリンピズム | クーベルタンとオリンピズム(https://www.joc.or.jp › olympism › Coubertin) アクセス2022年1月25日
[ii] オリンピック基礎知識|オリンピックスポーツ文化研究所 (nittai.ac.jp) アクセス 2022年1月20日
Toyinbee, Arnold J. (1948). Civilization on Trial. (アーノルド. J. トインビー. 深瀬基寛(訳) (1966). 「試練に立つ文明」 社会思想社)
2021年を振り返って
2021年一月。東京パラリンピックが目前となってくる中、ある選手の親からの手紙を理由に、知的障がい者卓球連盟のコーチ業務からはずされる。コンプライアンス委員会による調査が開始される。
コロナ禍にあって、卓球の練習の中心が、湘南台の家の近くにある岸田卓球クラブに完全に移行する。早朝のサーブを中心に一人でする多球練習を組合せて、プラスチックのボールの飛び方の感覚を身につけるように努める。練習する人も場所も減る中で、MD相模の橘川さんが練習に誘ってくれるようになり、週に2回ほど、主に午前中に練習するようになった。
2月5日。ペルー体育庁とペルー卓球連盟との共催で、Zoomを使った「障がい者のためのスポーツ」セミナーの講義を行う(スペイン語を使用)。地球の裏側のペルー国の、スポーツ関係者ら多数の参加者と直接、意見交換を行う。
2月16日と17日。ミャンマー日本人学校の生徒たちに、Zoomでゲスト講師として課外授業を実施する。小学生向けには「パラリンピック:障がい者卓球の世界。ミャンマーの障がいを持つ子供たちと卓球しよう」。中学生に対しては、「自分探し、人生探し:初心忘るべからず」という内容で話す。ヤンゴンと日本に分散して、いつ教室で会えるかもわからない子供たちと先生たち。それぞれが真剣にミャンマーの状況と向かい合っている。不思議な心と心の出会い。
3月2日。東京選手権大会がキャンセルになった代りに、東京卓球連盟が、東京優勝大会という年代別大会を東京所属の選手を対象に開催する。50代に参加した私は、準々決勝でカットの斎藤選手に3-1で逆転勝利、準決勝で(前回大会で逆転負けした)森園選手に3-0で雪辱できた。決勝は、右ペン表の名手、野中選手との対戦となる。以前0-3で敗れたことがある。サーブの回転やタイミングに合わせることができなかった記憶があり、今回はバックプッシュでレシーブから攻めていく。逆に私のサーブが効いて3-1の逆転勝利。この大会全体を見渡すと、勝敗を分けたのは、Covid-19の時期にどのように過ごしたかの違い。練習できていた人が、その成果をみせ、練習できなかった人が、その対価を払った。
4月23日。日本スポーツ仲裁機構のパネルが、最終的な仲裁判断を下す。私の申立てが全面的に認められる画期的なものとなる。

5月9日。SDGsとパラリンピックについて、友人の新井和雄ガバナーより招聘を受け、茨城ロータリークラブで講演。貧困削減や人道支援ではなく、なぜスポーツ支援なのか、という質問または疑問が出される。スポーツや文化は人間の権利であり、幸福の種なのだ。
5月18日。国連時代の環境及びNGO関連プロジェクトの現場経験から、外務省国際協力局気候変動課の担当する「脱炭素技術海外展開イニシアティブ」の外部審査委員会の委員に任じられ、その第一回会合に参加する。
5月23日。藤沢卓球選手権大会。チーム戦で優勝。
6月6日。クラブ選手権大会、東京予選。ダブルスが不調で苦戦。決定戦は、卓楓会。前回も敗れている強豪。今回は、八城選手が加わって、更に戦力増強している。1-2で、最後は椋ー八城戦と私と飯田選手。椋君がジュース・ジュースの大接戦で勝ち、私がなんとか勝利して代表権獲得。チーム戦ならではの総力戦の感動的な試合だった。
7月18日。全日本マスターズ東京予選会。順調に勝ち上がり、全勝で予選通過。
8月11日。PCR検査を10日に藤沢駅前で受ける。その結果が早朝に出る、結果は陽性であった。
8月17日。コロナ自宅療養が解除され、通常の生活に戻る。
8月28日。東京パラリンピックで卓球の知的障がいクラスにおいて、神奈川県鎌倉市在住の伊藤慎紀選手が銅メダルを獲得する。
9月11日。全日本卓球選手権大会の東京予選に出場。実業団や大学選手のプレーに接して、いい体験勉強になった。早稲田大学およびシチズン時計の後輩の応援。
10月8-10日。全日本卓球選手権大会マスターズの部(60歳以上)に参加。準々決勝で坂本選手に生まれて初めて勝利。準決勝でいつも練習している橘川さんに3-2の接戦で勝利。決勝は江浜選手。1ゲーム目を15-17、4ゲーム目を10-12で落とすも、3-2でど根性の勝利。全日本で初優勝を遂げる。
11月28日。初めて大阪マスターズ卓球大会に参加。50代の部で、第一シードにされる。50代の選手に勝ち抜き、決勝では、またも60代で年上である坂本選手との対戦。全日本の雪辱をかけてきた坂本選手に対して1-3の逆転負け。フォア前への鋭角なサーブ、回り込んでバックストレートのスマッシュ。どれをとっても精度が高く、かなりの練習量を感じる。東京選手権大会での対戦が楽しみ。
12月5日。中野卓球選手権大会、一般の部に参加。決勝まで進むことができた。準優勝。若い世代の卓球への適応力がついてきた。
12月19日。ブータン祭り。「ブータンのスポーツの未来」というZoom座談会で、「ハピネス・ファースト」のスポーツを目指すことを提案する。そして、「ハピネス(幸福量)を増やすためには、最も置き去りにされている障がいを持つ子供たちにスポーツを届けることが、一番効果的な方法である」という信念をもとに、これからもパラ卓球の支援活動を続けることを伝える。


“We Can” Project for Children with Disability
Table Tennis Academy in Yangon, have started “We Can” project in collaboration with Aye Myittar Center for Children with disability. The “We Can” project is the follow up to my initial sporting interventions with the Aye Myittar Center starting in 2019. So far, we have donated many used uniforms, some table tennis rackets, a hundred of used rubbers, table tennis balls and two table tennis tables to the center. We also introduced “Takkyu Volley”, which is an adopted game for children and people with severe disabilities.
It was in March, 2020, volunteers of YU Table Tennis Club joined this initiative to provide coaching support to those children of Aye Myittar Center.
Since then, Covid-19 has been preventing people from moving and most activities had become inactive. In addition, the security situation has also deteriorated.
Today, a hope has returned to the children with disability in Aye Myittar Center to have an access to opportunities to learn how to play table tennis thanks to the newly started Table Tennis Academy.
One coach and a player with disability from the Aye Myittar Center for children with disability has just started a weekly table tennis class at the Table Tennis Academy through “We Can” Project.
It is our sincere hope that the coach and the player will become the first role models to pave the way for other children with disabilities to enjoy sporting, table tennis, through the “We Can” project.




大阪マスターズ 50代で準優勝
初めての大阪マスターズ。申し込んだときは、全日本マスターズの前のことで、全日本マスターズは60代にして、大阪マスターズは50代でエントリーしておいた。全日本マスターズの60代で優勝したことで、50代であるにもかかわらず第一シードに抜擢され、二年前の前回大会で優勝している坂本さんが第二シード。50代の猛者たちが、さぞ60代への対抗意識を燃やしていることと想像された。
第一日目は60代の試合があり、私は、大学時代の同期の慶応大学出身の小石川くんのベンチコーチに入った。左ペン表の小石川くんは、左肩を故障しており、なかなか思い切りラケットを振れず、とにかく粘りの卓球で、予選の第1試合を接戦で勝つ。第二試合は0-2と相手に圧倒されていたが、ここから奇跡的なカンバックをみせ、ゲームオールとしファイナルゲームも14-14の大熱戦。巻き込みサーブが効き、バックショートとプッシュのコントロールがよくなり、フォアのスマッシュも入る確率が高い。残念ながら敗れたとはいえ、いい試合を見せてもらった。私の練習仲間で第一シードの橘川さんがよもやの予選リーグ2位。勝負はわからない。同期の大島さんが準優勝。西田さんが3位だった。私は翌日が試合なので、TRYという後輩の菊地くんが所属するクラブで練習させてもらった。
二日目、いよいよ50代の試合。第一シードとして恥ずかしい試合はできないというプレッシャーと、足さえ動けばなんとかなると思いが交錯する。いつものように一本一本を大事に、最初からフル回転のつもりで思い切りよく打つ。準々決勝で対戦した堺選手はフォアのカウンタードライブが得意で、まったくのノータッチで抜かれる。バックのショートサーブもコントロールがよく、突っつくと思い切りドライブされる。1ゲーム目はジュースが続くも、堺選手の思わぬサーブミスで勝ちを拾った。2ゲームめからはバックでフォア前にサーブを出してからの展開に変える。これが功を奏して難敵を攻略することができた。準決勝は全日本マスターズのランク選手である入本さんに勝ち上がりした広島の末廣選手。背の高い左シェーク裏裏。バックの守りが堅い。フォアへのリーチが長く、カウンター的にスマッシュを打ち抜く。サーブはやや長めに来るので80%ドライブで打つ。私のアップとナックルのサーブが効果を発揮し、3-1で切り抜ける。いよいよ決勝は、やはり強い、レジェンドの坂本選手である。全日本の準々決勝の雪辱を期していることは明らか。1ゲーム目は私のフォアへのプッシュとカウンター的に打つ早いドライブが決まって幸先よく私が取った。しかし、2ゲーム目からは、坂本さんの猛攻撃が始まり、バックでもフォアでもとにかくほぼ全部のボールを強打される。ミドルに構えて私のフォアサイドを切るサーブをうまくレシーブできない。フォアサイドを強打で抜かれるケースが多い。バックプッシュならドライブできるのだが、柔らかい表ラバーのスマッシュにはラケット面をあわせるのが難しい。結局、気迫の坂本さんの連打に押し負けて、今大会は準優勝に終わった。まだまだレベルアップしなければ。ハイレベルの大会は、常に新たな課題を与えてくれる。ありがたいことです。
卓球王国と日本ブータン友好協会のニュース
全日本マスターズの優勝という栄誉に、たくさんのお祝いや励ましの言葉をいただきました。ありがとうざいます。今回、卓球王国1月号に半ページほど写真と紹介が掲載されていました。うれしいですね。いくつかカメラマンが撮った写真をダウンロードしてみました。日本ブータン友好協会の会報でも紹介いただき、ありがたいことでした。これからも精進いたします。
Thanks all my like-minded friends for giving me much encouragement and sharing a moment of happiness along with my dream, the national champion in ping pong as the renewed path of my life. Today, related article was on a Japan’s World Table Tennis journal and on the Japan- Bhutan Friendship Association Newsletter. Again, thank you all for your LIKEs and words of renewed friendship. Let’s continue a healthy and peaceful path towards having a sound mind in a sound body.





全日本マスターズで、初優勝しました!
10月8-10日に、福島県郡山市で開催された2021年全日本卓球選手権大会マスターズの部で、優勝という人生最高の栄誉をいただきました。コロナ禍にあって、素晴らしい大会を開催していただいた福島県と郡山市のみなさんに感謝。今回の大会では、早稲田大学同期の高田君が帯同者ということでベンチコーチを引き受けてくれて、すべての勝利の陰には、高田ベンチコーチのお叱りと時機を得たガイダンスあり。
試合の日の早朝に、安積国造神社など3つの神社にしあわせの祈りを捧げて、ご神木にエネルギーをもらいました。試合会場では、コロナで厳しい検問を受けるかと思ったのですが、健康チェックだけで係の方々に笑顔で迎えられました。1日目は2回戦から、相手の加藤選手は以前は東京にいた方で今回は北海道代表。右ペン表の異質に近い打ち方をするやりづらい戦型。サーブとプッシュで撹乱してスマッシュ一発で決めるタイプ。私のバックが固いおかげで、1ゲーム目の接戦を取り、そのまま逃げ切った。3回戦は鳥取の浅井選手。右シェークフォア表のブロックがとにかくうまい守備主戦の前陣攻守型。フォア側へドライブを打つと全部カウンターされる。バックはうまいが強打は来ない。バックへの勝負とサーブが効いた。これで1日目勝ち残り。九十九の仲間である石塚さんは第一シードに3回戦で敗れる。前々回優勝、前回も3位の大御所の河島先輩は初戦の相手に棄権されて、練習もないまま、3回戦でぶっつけ本番。私と同期の川口選手と対戦。技巧派の川口選手のサーブと攻撃に苦しみ2-3でまさかの敗退を喫する。
2日目はランク決定戦からである。朝9時開始と早いので、8時には会場入りしてウォームアップ。対戦相手の岡部選手は前回、強打の江浜選手を破ってベスト8入りした愛知県のエース。右ペン表でバッククロスへのロングサーブとフォア前に上手に落とすサーブからのスマッシュ攻撃が得意のパターン。私のサーブからの攻撃と、レシーブプッシュが功を奏して、相手のパターンにはまらずに勝ち切ることができた。これで、最低限の目標だったランキング入り。
準々決勝は、マスターズのレジェンド、常に日本のトップ選手として活躍されてきた坂本憲一選手との対戦である。坂本さんとは30年ほど前、荻村氏が主導するナショナルチーム強化対策で考案された戦型別合宿で対戦したことがある(私は当時中ペン表の前陣速攻型だった)。無論、負け。2016年に長い海外生活から日本に戻った私は、マスターズに出るようになり、これまでも3回ほど坂本さんとも対戦していただいた。無論、全敗である。それでも少しずつ試合内容はよくなってきており、あと一歩という感触はあった。対策の要として、大学同期の高田君と、私の最大の欠点であるフォア前のレシーブを徹底的に練習した。1ゲーム目5-9とリードされていたのをジュースにして、12-10で勝ったのが最大の山場。3ゲーム目もバックバックの打ち合いで私が粘って劣勢を挽回。11-9で逃げ切った。夢にまで見た、初勝利だった。
準決勝は、いつも週に3回は一緒に練習している橘川選手が、早大の大先輩である本橋選手にゲームオール8-10の劣勢から挽回勝ち、準々決勝でも西家選手に0-2からの逆転勝ちを収めて、私との対戦となった。お互いに手の内を知り合っている相手であり、これまで私が勝っているだけに、坂本選手との対戦とは逆に、私の方が受け身になってしまう。私のボールは打ち慣れている橘川選手のスマッシュやカウンターがよく入って、1ゲーム目をジュースで落とす苦しい展開。結局フルセットを戦い3-2でおそらく今大会で最も長い試合を勝ち抜けた。
決勝はマスターズの常連で、二度の優勝経験のある江浜選手。去年のチャンピオンの花木選手を破って決勝に残った。何度も同じ大会に参加したことがあるのだが、なぜか、一度も対戦したことがない。右ペン裏の典型的なドライブ主戦型。しかし、プレーしてみるとバックハンドの威力と安定性が半端ないことがすぐにわかった。とにかくドライブのラリー戦になると3発4発打ち続けても必ず盛り返されて負ける。かなり勝ち目のあった1ゲーム目を15-17で落として、もの凄く苦しい展開となる。ドライブのラリー戦では勝てない。スマッシュに切り替えろ、という高田ベンチコーチの指示。ドライブを打っても台から離れず、バックブロックとフォアハンド・スマッシュ狙い。大学時代の中ペン表のときのスタイルである。じつは、この戦術は、裏ソフトに変えて以来、試合では使ったことがなかった。この戦術の切り替えが功を奏して、ラリー戦で有利となる。しかし、スマッシュですら連打しないとポイントにつながらない。とにかく、足を止めず、常に動き続けることで、スマッシュの精度を高め、打ちミスをなくすことに努めた。ゲームの合間でも一度もベンチに座らず、足踏みを続けながら、アドバイスを受けた。フルゲーム11-8で勝利する鍵はこれまでの練習量と高田ベンチコーチとの二人三脚がうまく機能したこと。レジェンドで尊敬する坂本選手や驚異的な脚力とラリーの強さが群を抜いている江浜選手と戦って、優勝という栄誉をいただくことができたのは、ホントにありがたいことだった。
この勝利を真っ先に捧げたいのは、8月18日に天に迎えられた岸田クラブの岸田晃先生である。岸田道場は私の第二の家ともいえる場所であり、朝練や夜練で、岸田先生とは毎日のように顔を合わせ、卓球談義していた。コロナ禍にあって練習が続けられたのも、岸田先生のおかげだった。私が、常日頃、目標にしていた全日本マスターズでの優勝を、岸田先生が一番喜んでくれているに違いない。合掌。
今回の全日本マスターズでは、多くの大学時代からの友人らと出会い、語らい、そして戦った。みんなプレーは真剣そのもの。互いの卓球技術の戦いもあるが、じつは意地と意地の戦いであり、この歳になると体力と体力の戦いである。今回は、最後まで足がよく動いてくれて、優勝までの道のりを走りきってくれた。九十九クラブのみなさんにも多大な支援、ご声援をいただいた。ホントにありがたいことで、優勝という成果をあげられたことが何より嬉しい。明日からも卓球と人生を楽しみましょう。
https://world-tt.com/blog/news/archives/12933



全日本卓球選手権大会(マスターズの部)に向けて
いよいよ全日本マスターズが明日から福島県郡山市で開催される。私は、ローシックスティ(60歳以上)の部で東京代表として参加する。一昨年は50代で参加したが、無念の敗退。この2年間はコロナ禍にあって、体力増強に努め、よく一人でサーブ練習することが多かった。そのかいあってか、3月の東京優勝大会では50代で優勝する栄誉をいただいた。8月にはコロナに感染し、自宅療養を経験。そのころ常日頃お世話になっていた、岸田クラブの岸田先生がお亡くなりになられた。大きな悲しみの中、子供らや家族の方々は、ピンポンの音を響かせ続けて、岸田先生への鎮魂歌(レクイエム)としたのだった。パラリンピックの卓球では、私も指導したことのある伊藤まき選手が、栄えある銅メダルに輝き、心底うれしかった。
日本に帰って5年目、還暦を迎えて2年目、全日本と名の付く大会に出場できることは栄誉なことである。このような大会には、家族の支え、九十九クラブの全メンバーの支援、海外の友人たちの声援、岸田先生への恩返し、いろいろな周囲の思いが行き交い、私自身の思いと重なってゆく。
今回は、週の半分はMD相模の橘川さんと練習をしていただいた。岸田クラブの中学生たちとは、ほぼ毎日のように練習の相手になってもらった。40年来の親友で早稲田大学同期の高田くんは、私のベンチコーチとして明日から一緒に郡山入りする。マスターズ本選に向けて、土日を返上して私を特訓してくれた。還暦を過ぎてから、大学のリーグ戦モードになるのも一興。かけがえのない仲間だ。
全中にもインターハイにも出れず、インカレ団体ではベスト8が最高。そろそろ全日本という名の付く大会で、頂上を経験していい時期に来ている、と思う。そういう目標を持って、残りが短くなっていく人生を燃やすのも、還暦すぎれば自由にやればいいでしょう、という声がする。練習期間は長いが、大会における試合は短い。自分のすべてと周囲の思いを一息に詰め込んで、スゲー濃厚な深い香りと華のある試合をしよう。がんばろう!
全日本卓球選手権大会一般の部 東京予選
34年ぶりに全日本一般の部の予選会に参加した。最後に全日本卓球選手権大会の予選に出たのはシチズン時計にいた1986年-87年のことだ。中学生から大学生、実業団まで。とにかく東京代表の座を獲得するためには本戦並のハイレベルな戦いを勝ち抜かなければならない。それでもシードに当たる前の一回戦は参加することを目的にした者同士の戦いも見られる。思ったよりも、参加して、審判して、代表決定を見て、大学の後輩を応援して、色んな楽しみ方のできる大会だ。
岸田クラブでいつも一緒に練習していた三木翔君や廣田元二朗君も安田学園から参加している。早稲田大学の後輩、一緒にブータンを訪問したシチズン時計チームの御内君や上村君には、焼き肉をおごる約束をさせられた。協和キリンの後藤君、パラリンピックで旗手を務めた岩渕君。会場で見つけた友人の戸辺君に練習してもらった。
さて、試合であるが、一回戦は相手のミスが多く、私も調子がいいのか悪いのか、よくわからないうちに終わった。
2回戦はもう外シードの遠藤選手(日野自動車)。フツーにスゲー強い選手である。フォアドライブが得意な選手で、クロスはサイドを切るえげつないドライブ、ストレートへも簡単に、相当スピードのあるドライブを打つ。
私は、今回、RakzaZ ExtraHardのラバーに変えて4日目ぐらいで、この粘着性ラバーがどれくらい使いこなせるかを試すいい機会だった。練習の時は、打った感覚はよかったのだが。この会場に来て、ガンガン打ちまくっている一般の選手らのプレーを見ていて、感化されたのか。軽く練習しようと思ったボールが上へ飛んでしまい、自分がどうやって打っていたのか、その感覚が混乱してしまっていた。いざ試合となっても、たとえば、ツッツキをするときのラケットが入る角度や力加減に気がとられて、思い切ったプレーができない。1ゲーム目も2ゲーム目もすぐに終わった。3ゲーム目は、なんとか相手のドライブに合わせたボールが台ギリギリに落ちて、相手の意表を付く形になって、ポイントリードできた。プッシュがやっと入るようになり、たかをくくっていた相手が打ちミスするパターンにはまって、なぜか11-9で勝つ。4ゲーム目は相手が相当本気になって、右へ左へと撃ち抜かれて、最後は私のサーブミスで終わる。粘着性ラバーでサーブも切れて出しやすいはずだったが、いざ試合となって、しかも相手が格上となると、ボールコントロールに自信がなくなった。やや重いラバーのため、ラケットの重心もラケットの上の方に移動して、ラケットのバランスも変わっていた。
全日本マスターズまであと一ヶ月を切った今、この心技体の一体感があるかないかは重要な命題だ。Dignics09Cがいいと、後輩の行則君にすすめられ、高いラバーだが、すぐに注文してみた。とりあえず、明日は、元のDignics 80に戻して練習してみよう。
審判した試合が、東京アートの坪井選手と法政大学の佐藤選手の試合。この超スピード感のある打ち合いを目の前で見れたのは、至福の悦び。坪井選手はとにかく動きが敏捷、必ず先手をとって攻撃する。佐藤選手は背が高くて細身だが、回り込んでのカウンタードライブがえげつなく早い。バックの技術も多彩。坪井選手のバックは前陣で早い打点でミート打ちに近い。坪井選手のフォア前へのサーブに対する佐藤選手のストップレシーブの出来で、坪井選手が先手攻撃して押し切れるかどうかが決まる。佐藤選手はサーブがうまくコントロールできずに、サーブミスで勝つチャンスを逃した感もあった。とてもいい試合を審判できると、自分が試合する以上の情報をもらえるものなのだ。
嬉しかったのは、早稲田大学の五十嵐君が、協和キリンの渡辺選手に、1-2からの逆転勝ちで3-2で代表を勝ち取った試合。私が敗れた遠藤選手は、坪井選手にも勝って、決定で、私が最も期待するシチズンの上村選手と対戦。上村くんは中陣からのプレーが安定して、攻守のバランスがよく、ボールも力強い。あまりラリー戦が得意でない感じの遠藤選手はスポーツカーで重戦車に向かっていく感じで弾き返されていた。
この大会でもっとも白熱した試合だったのが、女子の専修大の出澤選手と森園ファミリーの美咲さんの代表決定戦。森園パパがベンチコーチしたのが良かったのか、大接戦のラリーの応酬を制したのは、森園さんだった。これは予選ではもったいない試合だね。出澤さんも本戦に復活出場できるといいですね。
いやあ、東京都の全日本予選はおもしろい。
また来年も出ましょう。
全日本マスターズ、東京都代表になりました。
今日は、1年で最も大事な試合である、全日本マスターズの東京都予選会が開催されました。
全日本チャンピオンを目指す目標を立てて、コロナ禍にもメゲズにほぼ毎日のように練習してきました。
その甲斐あってか、中止となった東京選手権大会の代替として、東京都に登録している選手の参加で実施された東京優勝大会の50代の部で優勝できました。
全日本マスターズは予選からの参加となり、61歳を迎えた今、ロウシックスティ(60代前半)の部に出場することにしました。本年度はコロナのために人数制限が厳しく、いつもは5人の出場枠が3人に削減されて、本当に狭き門となりました。組合せを見ると、私は第二シード、二回戦からの試合。
2回戦の森脇さんは、バックが表で、早いタイミングのバックハンドが得意。「サーブが取れなかった」と森脇さん本人も言うように、得意のロングサーブで勝った試合。
3回戦はそれまで最終ゲームまでもつれる試合を2つ勝ち抜いてきた坂さん。坂さんは、以前、関東社会人大会の決勝までいって、早稲田OBの本橋先輩に敗れたことがあり、私もずっとその試合を見ていたことがある。かなりの実力派のカットマンである。ラバーは裏裏で、フォアドライブが上手い。カット打ちは岸田道場で中学生のカットをよく打っているので、最近は得意になった。短めのサーブからのドライブ攻撃など、攻めを主体にしてツッツキも混ぜながら粘り勝つ。
4回戦は、これまでも何度も戦ったことのある前回の関東社会人大会で準優勝している野村さん。するどいツッツキから回り込みドライブスマッシュを打たれていつも苦戦している。今回も似たようなパターンにはなったが、私のロングサーブからのドライブと踏み込んでのバックプッシュが効いて比較的有利に試合を進めることができた。バックハンドの横下サーブに苦労したが、最後は払って、勝ち抜いた。
5回戦はいよいよ代表決定戦。
練習仲間である、卓楓会の荒井さんが、実力どおりのガンバリを見せて、上がってきた。荒井さんはとにかく攻撃が早い。スマッシュはもちろんだが、特に、横下(上)回転のバックハンドサーブからの思い切りの良いカミソリみたいなドライブがよく入る。ラケットに当てることすら難しい。1ゲーム目を挽回で勝ち、2ゲーム目も勝つ。ここで3ゲーム目に私の攻撃ミスが二本続き。嫌な雰囲気。8-8から私のサーブをうまく払われて8-10とされ、そのまま押し切られて初の1ゲームを失う。かなり不安がよぎったが、4ゲーム目ではロングサーブ主体で三球目攻撃するパターンを多くする。レシーブもフォアでなるべく返球して相手が三球目攻撃を簡単にできないようにする。最後、私のフォアクロスへのドライブを荒井さんがスマッシュしてネット直撃。ついに全日本の本大会への出場権を獲得することができた。
荒井さんは、3人目の出場権を賭けて、あと一試合、三位決定戦にのぞむこととなった。
ハイシックスティ(60代後半)では、シチズン時計の大先輩の石谷さんが予選通過を決めた。最近退職したばかりで、これからマスターズに参戦するそうだ。東京卓球連盟の小川敏夫会長に段位を訊かれて、私は初段と答えると、もう2段じゃないの、と言われ、段位の規約を一緒に見ると、全国大会に3回以上参加とある。マスターズは2度目だが、昔、全日本選手権と全日本社会人に出たことがあった。結局、2段昇進ということで、1万円を払うこととなった。石谷さんは、世界選手権にも出場し、全日本3位にも入賞している名選手。でも段位はわからないそうで、小川会長があとで調べてみようということとなる。なかなか面倒見のいい気さくな会長さんである。
嬉しかったのは、50代で山本春彦さんが東京代表を勝ち取ったニュース。私が帰国後始めての試合、東京選手権の予選であたって、3-2の死闘の末勝って代表になってから、仲良くなった。そのあとは勝ったり負けたり。なぜかまた、一昨年のマスターズの代表決定戦でギリギリの勝負をして、私が代表を獲得したのが今でもしっかりと記憶に残っている。優しくて人格者の山本春さんが、代表の座をついに獲得したのは、自分のことのように嬉しかった。
九十九の仲間たちもスゲー頑張ったが、流石に3人という狭い枠までは到達せず。女子で、石塚ゆりかさんが見事40代で代表となった。推薦では河島さんが私と同じローシックスティで出場される。
本戦は10月8-10日で福島県郡山市で行われる。また初心にもどって、がんばろう!




Messages of Children from Peru(ペルーの子供たちからのメッセージ)
Messages of Children from Peru(Mensajes de los Niñas y Niños del Peru)
Received wonderful messages of girls and boys from Peru. They are participants of the Impactando Vidas program run by Monica and many self-motivated staff. Those children are the beneficiaries of our donations: uniforms, rubbers and other table tennis materials. In the video, 60 children are at the inauguration of a TT class at the Capacitation Center in Ica province, with the proper precaution protocol against COVID-19. The winners of the Art competition received uniforms and rubbers. Then, the coach demonstrated how to put a rubber on the racket and conducted a variety of exercises. Children are active, joyful and thankful. They say…
- Ana Cristina: I like this sport because it is very interesting, beautiful and enjoyable. I am very thankful.
- Erimariela Flores: I appreciate very much Impactando Vidas program because it has given me the opportunity to practice table tennis.
- Diego Arcos: I thank for the donation of the sport goods for us and I will continue the training of table tennis
- Danna Mendoza: I thank the IV program and Sra. Liyau for the support to the adolescents of Peru and teaching about the value of sport.
Another video shows the way how the program staff and Monica examine and classify donated materials for boys and girls and place the donated materials into a nice bag as prizes for participating children. It is hoped that such an impactful program of disseminating the opportunity and the value of sport will grow further to reach those children, who, otherwise, are left behind.
ペルーの子供たちからのメッセージ
これまでペルーには4回ほど皆さんから頂いたユニフォームやラバーなどを寄贈しています。そのペルーの「人生にインパクト・プログラム」を運営しているモニカさんから、子どもたちのメッセージが届けられました。コロナの予防対策をとりながら、ペルーの地方(イカ県)にある訓練センターで60人の子どもたちが卓球クラスに参加しています。このプログラムでは私たちが寄贈したユニフォームやラバーを仕分けして包装し直して子どもたちに大会の賞品などとして配っています。このクラスでは卓球の絵のコンテストで入選した子どもにユニフォームやラバーが配られました。子どもたちからのメッセージ:
- アナ・クリスティナさん:卓球はとてもおもしろくて、美しくて、楽しいスポーツです。ありがとうございます。
- エリマリエラ・フローレスさん:卓球を習うことができてうれしい。「人生にインパクト」に感謝しています。
- ディエゴ・アルコくん:卓球用具を寄付してくださってありがとうございます。卓球を続けたいと思います。
- ダナ・メンドーサさん:ペルーの生徒たちにスポーツする機会を与え、その価値を教えてくれる「人生にインパクト」やモニカさんに感謝しています。
このような素敵な活動がどんどん世界中で広がって、世界の片隅で、スポーツから「取り残された子どもたち(SDGs)」に届くといいですね。

