ヒトの脳と人間の精神的世界
以前のブログ(オリンピズムと人間の進歩 « Happiness via Ping Pong (happy-development.com))で英国の歴史家トインビーの考えについて以下のような話をした。
「人間は非人間的自然を処理すること」は得意であるが、自分自身を含む「人間の内部にある人間的自然を処理する」ことには不得意だという。そのため、人類誕生以来現代にいたるまで「非人間的世界」における顕著な進歩と、人間の内部の「精神的世界」における未成長または非進歩という、トインビーのいうところの著しい不釣り合いによる「この地上における人間生活の一大悲劇」が進行中である。地球温暖化や紛争や貧困は、その人間の業ともいうべき「悲劇」の産物と考えられる。
今回は、ヒトの脳と人間の精神的世界との関係について考えてみた。
人間内部の精神的世界をつかさどるのが、類人猿を始めとする他の動物よりも極度に発達した人間の「脳」であることに疑いはないだろう。人間という生物が持つ「脳」という器官の中でそれぞれの人の精神的世界が生まれて、成長して、いろんな展開をして、消えていくものなのだろう。これを「魂」と呼んで、DNAのように脳を入れ物または乗り物として「前世」から「現世」そして「来世」へと転生していくものとする解釈も、(私自身を含めて)一般的に信じられている。身体を離れた魂が存在するとしても、その魂は、生きていたときの記憶をよりどころとし、そのときの所業に伴う因果を背負うものと考えられている。
脳=精神的世界における思考活動には決まった限界が存在しないという思いを抱くのは、私だけではないだろう。しかしながら、脳は生物学的に有限な存在であり、肉体とともに死に至る存在である。人間の精神的世界が肉体の檻から開放されず、その進歩も生物学的進歩に準じているのは、魂という存在が人間の脳と切り離せないものであることの証明(あかし)なのだろう。
さて、人類誕生以来、脳は発達を続け、その大きさも2百万年前の4倍程になっているそうだ。しかし、この人間の脳が3千年前からは縮小に転じているらしいのだ。この原因について、蟻の脳の進化と比較した研究報告(デシルバら, 2021) がある。その報告によると、人間社会の拡大に伴い、個人の知性に基づく判断よりも(専門家などの)集団的知性への信頼と分業が進んだことで、人間の脳が効率化して、縮小に転じたということらしい[i]
「人間はポリス(社会)的動物である」と言ったのはアリストテレスである。蟻や蜂は社会性昆虫と言われ、女王を頂点として階層化された集団社会を形成することで知られている。その蟻の脳の進化と人の脳の進化と比較できるということ自体、想像し難いことであり、不可思議そのものである。脳の生物学的な発展の長い過程に比べてみれば、魂の記憶はあまりにも短いようだ。おそらく同じ人間として転生できたとしても、前世一代の記憶があることすら稀有という話が、転生モノの多いアニメの世界ですら常識となっている。魂は一人の人間の精神的世界(あるいは人格)を宿すものとして考えられている。しかしながら、その精神的世界は次の世に引き継がれることすら稀有であり、三世とはもたないようだ。個々の人間の魂という名の精神的世界にも寿命があるということなのかもしれない。
[i] 大きくなりすぎた人間の脳を維持するためのエネルギーコストは馬鹿にならないので、脳を効率化(ダイエット)する必要があったという説がある。
Toyinbee, Arnold J. (1948). Civilization on Trial. (アーノルド. J. トインビー. 深瀬基寛(訳) (1966). 「試練に立つ文明」 社会思想社)
DeSilva, J. M., Traniello, J. F. A., Claxton, A. G., & Fannin, L. D. (2021). When and Why Did Human Brains Decrease in Size? A New Change-Point Analysis and Insights From Brain Evolution in Ants. Frontiers in Ecology and Evolution, 9. doi:10.3389/fevo.2021.742639
審判は神であるべきか? 技術革新でフェアープレーを守ろう。
スポーツにおける審判は、裁判所の裁判官あるいはこの世の神のような絶対的権限を持ち、そのジャッジ(判断)は不可侵であり、最終的なものとされる。あとになって、判断ミスとわかっても、試合の結果が変わることはない。サッカーの反則、柔道の一本、フィギュアスケートの採点、テニスの線審等々、審判の判断は勝敗を左右し、不満や争いの原因となることが多い。近年になって映像による判定手段が加えられたことで、誤審やジャッジを巡る争いが減少したようだ。テニスは映像判断を求める制限付き権利を選手に与えることで、映像判断の権利の行使自体をゲームの一部として楽しむ空気すら生まれている。実際に、陸上や水泳のタイムやフェンシングの得点など、人間の目ではなく、科学技術に判定を任せている競技も少なくない。未来のスポーツにおいては、審判という神格化された人間の一存ではなく、適切な技術を駆使し、情報を公開して、ジャッジの透明化と共有化を行うことが、スポーツの倫理的基盤を強化し、フェアプレーを鼓舞し、公正さを維持することにつながるのではなかろうか。スポーツが「より人間的」であることを求めることと、その結果としての記録測定や勝敗のジャッジにおいて技術革新による高精度な正確さや人間的な恣意性・誤審の排除を求めることとは倫理的に矛盾せず、スポーツ界にフェアネス(公正さ)やクリーンネス(高潔さ)をもたらすものと考えるのだが、どうだろう。
スポーツ文化は、人間にとって「自然」なもの
人類史上「肉体的・精神的進歩があったと想像すべき保証がない」というトインビーの指摘は、現代において誤りであると言えるかもしれない。なぜなら、オリンピック記録の漸進的な更新の他にも、生物にとって最も大事な指標の一つである寿命において、人類は20~35年という平均寿命から、1900年に先進国で40~50年程度に延び(ウィルモス, 2010)、2000年には世界の平均寿命が66.8年に達し、その後のわずか20年間で73.3年にまで延びているのである(WHO, 2021)。これは多分に医学の進歩と言えるが、寿命という人間の生物学的限界が著しく更新された事例と考えてよいのではなかろうか。他にも近年の貧困の削減と栄養状態の改善によって、人間の平均身長にも顕著な伸びが見られる。健康や身体機能に関するスポーツの効果は誰もが認めるところであり、人間の健康寿命の更新に対するスポーツの貢献が期待されている。
日本のスポーツ基本法(2011)は、その冒頭において「スポーツは、世界共通の人類の文化である」と宣言する。レンク(1985)は、『人間における「自然性」とは、「文化」のことである。まさにそれは「第二の自然」と呼ばれるものである。これはとりわけ、スポーツにあてはまる。』と述べている。人間(肉体)における生物学的自然が第一の自然であり、第二の自然である「文化」は主として人間の精神的世界に関わるものと考えるのが自然だろう。オリンピズムがフェアープレーや平和な文化・社会の構築という基本理念を掲げているにもかかわらず、営利主義、勝利至上主義、政治的利用などにスポーツが振り回されてきている実態は、古代オリンピックから近代オリンピックにいたるまで変わってはいない、おそらく深刻化している。
しかしながら、未来への希望がないかというと、そうでもないだろう。たとえば、古代オリンピックでは殺人は認められていなかったとはいえ、競技において多数の死傷者が出る危険は参加者も審判も承知の上であり、実際に多くの若者の生命が失われている。近代オリンピックにおいては、オリンピアンの競技における怪我はかなりの頻度で起こるとはいえ、死に至ることは稀有である。競技者の生命や安全の確保という倫理的基準・価値観を参加者も聴衆も共有するようになったのは、一つの前進といえるのだろう。
スポーツと人権・環境・開発
【スポーツする権利】
スポーツと国連や国家の開発政策との結びつきは比較的新しい。国連ではユネスコが、1952年からスポーツをそのプログラムに取り入れるようになり、国家としてはドイツが1960年に「スポーツフォーオール」を推進する国家プランを立てている。これが基になって、1975年のヨーロッパスポーツ・体育担当大臣等会議において「スポーツフォーオール・ヨーロッパ憲章」が採択され、1978年の第20回ユネスコ総会において、「(第1条) 体育・スポーツの実践はすべての人にとって基本的権利である。」ことを宣言する「体育・身体活動・スポーツに関する国際憲章」が採択されている。この国際憲章の前文の中で「 体育・身体活動・スポーツは、自然環境において責任をもって行われることで豊かになること、ひいてはそれが地球の資源を尊重し、人類のより良い利益のための資源保護と利用への関心を呼び起こす」[i]と述べrられており、この体育・身体活動・スポーツに関する国際憲章が持続可能な開発(SDGsや地球憲章)と共通する理念を持つものであることが理解できる。
【スポーツと地球環境】
しかるに、肥大化・商業化を続けてきたオリンピックの現実は、1990年までは環境保護団体などからの非難を受け、開催地の選択にも滞る状況だったのである。リオで地球環境サミットが開催された1992年のバルセロナ・オリンピックにおいて、全参加国のオリンピック委員会が「地球への誓い(The Earth Pledge)に署名し、世界のスポーツ界も積極的に環境に取り組む意志を示す。そして、1994年のIOC創立100周年を記念するオリンピックコングレスにおいて、オリンピック憲章に初めて「環境」についての項目が加えられ、“スポーツ”、“文化”、“環境”は、オリンピック・ムーブメントの三本柱とされた。1995年にIOCは「スポーツと環境委員会」を設置し、以後、「IOCスポーツと環境世界会議」を定期的に開催している。20世紀初頭に、クーベルタンらによって復興した近代オリンピックは、第一次・第二次世界大戦による中断に見舞われながらも、国際社会の平和を促進するメッセンジャー的な役割を担い、1999年には「オリンピックムーブメント アジェンダ21(持続可能な開発のためのスポーツ)」[ii]を採択し、スポーツの地球環境保全に向けての行動指針を明らかにしている。
【MDGs・SDGsの手段としてのスポーツ】
21世紀に入ると、スポーツを主要な目的として、平和教育や環境保護といった目的との協調をはかるIOCに代表される従来のアプローチに加えて、開発や平和という目的を達成するための手段としてスポーツに期待する国連に代表されるアプローチが顕著になってくる。2001年にコフィ・アナン国連事務総長が、スイスのアドルフ・オギ前大統領を「開発と平和のためのスポーツ」特別アドバイザーに任命し、2002年には、国連組織間で開発と平和のためのスポーツ・タスクフォースが結成された。当タスク・フォースは、翌2003年に「開発と平和のためのスポーツ:ミレニアム開発目標(MDGs)達成に向けて」と題する報告書を作成し、その中でスポーツを、MDGsを実現する上で「コストが安く、効果も大きく、強力な手段である」と規定している(内海, 2016)。また、同年、国連総会は、「教育,健康,開発そして平和を促進する手段としてのスポーツ」と題する決議を採択し、2005年を「スポーツと体育の国際年」と定めて、その啓蒙と実践に努めることを提唱する。2009年にIOCは国連総会のオブザーバーとしての地位を承認され、国連とIOCの協力関係が更に強化される。MDGsを引き継いだSDGs(2030アジェンダ)の中でも、SDGsを達成する上で、スポーツは以下のような貢献を期待されている。
37.(スポーツ)スポーツもまた、持続可能な開発における重要な鍵となるものである。 我々は、スポーツが寛容性と尊厳を促進することによる、開発及び平和への寄与、また、 健康、教育、社会包摂的目標への貢献と同様、女性や若者、個人やコミュニティの能力強化に寄与することを認識する。[iii]
[i] 文部科学省(https://www.mext.go.jp/unesco/009/1386494.htm)アクセス2022年1月10日
[ii] 日本オリンピック委員会 (https://www.joc.or.jp/eco/pdf/agenda21.pdf) アクセス 2022年1月20日
[iii] 国連広報センター https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/
sustainable_development/2030agenda/ アクセス 2022年1月10日
オリンピックは世界の平和に貢献できるのか。
【オリンピック休戦】オリンピックとは、4年に一度、古代ギリシャのエーリス地方のオリンピアで開催されていたオリュンピア祭典競技を指し、今から2800年前の紀元前8世紀から紀元後4世紀までおよそ千二百年もの歴史を持つ。この大会の開催中の1ヶ月間(のちに大会前後を含む3ヶ月間)は、紛争の絶えなかった全ギリシャ諸国間において「エケケイリア」と呼ばれる休戦義務が課されていた。違反国には罰則規定も設けられていたこの休戦協約の効力は強く、古代オリンピックの定期的かつミレニアム(千年)にわたる開催を可能にした。オリンピックが「平和の祭典」と呼ばれる由縁でもある。
しかるに、近代オリンピックの比較的短い歴史の中では、第一次世界大戦および第二次世界大戦が起こり、休戦どころではなく、すでに夏季・冬季合わせて5回にわたって、オリンピックの方が中止されている。この古代オリンピックの休戦協定をモデルとして始められたのが、1993年の国連総会における「オリンピック休戦の遵守(Observance of the Olympic Truce)」の決議である。この「オリンピック休戦宣言」は、1993年以後、毎回の夏季・冬季オリンピック大会の前年に国連総会において決議されている。罰則や強制力のないオリンピック休戦の効力については、残念ながら、肯定的な評価は少ないようだ(谷釜, 2020)。しかしながら、紛争の絶えることのない世界であるがゆえに、「オリンピック休戦」に象徴されるようなスポーツによる平和への貢献の意義や期待は決して減るものではなく、一層増しているとも言えるのである(谷釜, 2020. 桝本, 2020)。
【難民とオリ・パラ】東京オリンピックをテレビ観戦していた私に、とまどいと感動を与えたシーンがあった。それは男子マラソンのゴール直前の出来事だった。2位集団から抜け出したナゲーエ選手(オランダ)が、何度も後ろを向いて手招きする素振りをみせたのだ。通常ならば、後ろを見て追いつかれないように走る場面なのだが、彼は、違う国を代表するアブディ選手(ベルギー)に、一緒にゴールを目指そうと手を振っていたのである。アブディ選手は懸命に追いかけて、ナゲーエ選手と二人で2位と3位でフィニッシュして、表彰台に並び立った。彼らは、同じソマリアを祖国とし子供の頃に内戦から逃れてヨーロッパに移住した難民であり、親友だったのだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告[i]によると、祖国にも帰れず、移住もできずに、無国籍状態となっている難民が、世界には2千6百万人(2019年末時点)いる。ソマリア難民だったナゲーエ選手やアブディ選手は、移住先のオランダとベルギーで国籍を取得して、それぞれ移住した国の代表としてオリンピックに参加することができた。しかしながら、数千万人もの無国籍状態にある難民たちには、そもそも所属するスポーツ組織もなければスポーツできる環境もないのである。2015年、IOCはこの難民という境遇にある人々に対して、オリンピックの扉を開き、2016年のリオ・オリンピックに難民選手団が初めて参加するというドラマが生まれた。2021年の東京大会においても、オリンピックとパラリンピック双方に難民選手団が結成され、メンバーに選ばれた難民選手たちは、様々なホスト国で東京大会に向け練習を積み、東京大会で活躍し、注目を集めた。IOCは、オリンピックやパラリンピックに難民であるアスリートが参加できる道を開いたばかりではなく、難民選手団のメンバーとなるアスリートの選考や育成まで積極的にサポートする体制を構築した。難民選手団のオリンピック・パラリンピック参加は、難民問題に対する人々の認識を深め、オリンピック・パラリンピックが平和の祭典であることを知らしめ、国連ともコラボするIOCのベスト・プラクティスの一つとなっている。
[i] UNHCR, Global Trends -Forced Displacement in 2019
舛本直文. (2020). オリンピックの平和運動:その理想と現実 オリンピックスポーツ文化研究, No. 5(23─ 36).
谷釜了正. (2020). スポーツと平和 ─オリンピックは平和の使者たりえたかー. オリンピックスポーツ文化研究, No. 5 1 ─ 9.
古代オリンピックから近代オリンピックへ:人間の精神的進歩
さて、英国の歴史家であるトインビーの言うように、人類はその誕生以来、自己の内部の「精神的世界」においての進歩が殆ど見られない、というのは、果たして真実(まこと)なのであろうか。さすがに、百万年前の人類の精神を紐解くことはできないが、有史以来、少なくとも数千年前の人々の精神的世界については、想像するに難くはない。たとえば、現在の人間社会の精神的な支柱となっている宗教や哲学が、ほぼ2・3千年前の宗教者や思想家たちによって創始されたことに鑑みれば、この数千年あまりの期間で、人間内部の精神的世界に顕著な進歩がみられたとは考えにくいだろう。クーベルタンの言うように、「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め」るものであるとすれば、世界・オリンピック記録の更新が続くなかで、それに伴う人間の精神的世界における進歩がなければ、「バランスよく結合させる生き方の哲学」として成功しているとはいい難いだろう。それでは、精神的世界の進歩の程度は、どうやって測ればいいのだろうか。世界記録みたいにわかりやすい指標がないため、ここではオリンピズムで謳われるフェアープレーの精神や倫理的規範といった概念を使って、人間の内なる精神的世界の進歩の度合いについて、古代オリンピックの時代と比較して、考えてみたい。
【古代オリンピックと不正行為】古代オリンピックにおいては、ギリシャの自由市民である成人男性全員にオリンピックへの参加資格があった。古代オリンピックの優勝者は英雄として最大の讃辞が与えられ、優勝した自国の市民に多大な賞与を与える国家もあった。「カロス・カガトス(高潔で、高貴な)」というオリンピックの理念のもとで、「美にして、善なること」を求められた (長田, 2020)。不正を働いた選手には罰金が課され、当時の聖地オリンピアの入場門前の台座には、その罰金で建立されたゼウス像が立ち並んでいたという。台座には不正の顛末と「オリンピックでは金の力ではなく、己の足の速さで勝ち、己の肉体で勝て」という銘文が刻まれ、オリンピック参加者にフェアープレーを促す警告となっていた。およそ1,200年間続いた古代オリンピックにおいて、最終的には16体の不正戒めのゼウス像が建てられたそうだ (佐野, 2016)。暴君として悪名高いネロ皇帝は、オリンピックの開催年を変更させ、自分の好きな競技を加え、八百長で自らも優勝者となった(ペロテット, 2004)。この大会は皇帝の死後、記録から除外されている。
【近代オリンピックの問題】さて、近代オリンピックも不正事件に事欠かない。金銭的なものでは、開催都市をめぐる選挙における買収行為が東京への招致運動においても問題となった。アスリートを巻き込んだ不正行為の最大のものがドーピングである。1960年ローマ大会で自転車競技の選手が競技中に死亡する事故が起きた。その原因がアンフェタミンの大量摂取によりものと判明し、IOCはドーピング禁止を明確に打ち出すようになる。「ドーピングの非人間性は死に至る可能性にある」という(関根, 2019)。ドーピング禁止の主な理由は、選手の健康そして生命への危険を伴う行為であるためだが、生物学的自然性から逸脱し、生物学的限界を超えてしまうことの「非人間性」が倫理的に問題であるという考え方には賛同できる。ドーピングには多様な方法があり、いまだに違反者側と取締側とのいたちごっこが続いている。ロシア連邦の組織的かつ常習的なドーピング違反とその隠蔽行為に対して、東京オリ・パラにおいても、ロシアの国旗や国歌は用いず、個人資格での選手参加という対応となった。レンク(1985)は、近年変容し続けるスポーツの姿をオリンピアードにかけて「テレアード(放映料依存)」「ドーピアード(薬物依存)」「コマーシアード(営利主義)」と批判している。近代になって煩悩は増えるばかりではないのか。
古代オリンピックの時代から二千数百年、近代オリンピックとして復興して一世紀を経た今も、アスリートやスポーツを支える人々の精神的世界に何らかの進歩があったという確証は見当たらないように思われる。
Toyinbee, Arnold J. (1948). Civilization on Trial. (アーノルド. J. トインビー. 深瀬基寛(訳) (1966). 「試練に立つ文明」 社会思想社)
長田亨一. (2020). 「古代オリンピックへの旅」. 悠光堂
Lenk, Hans. (1985). Die achte Kunst Leistungssport-Breitensport. (ハンスレンク. 畑孝幸, 関根正美(訳) (2017) 「スポーツと教養の臨界」不昧堂出版)
佐野慎輔. (2016.1.26).「新オリンピアード始まる(4)健全性維持の仕組みを作れ」. 産経新聞 https://www.sankei.com/article/20160126-DX7IX3F2YJLVFF3B4PA42XESYA/
Perrottet, Tonney. (2004). The Naked Olympics. (矢羽野薫(訳)(2020)「古代オリンピック 全裸の祭典」河出文庫)
関根正美. (2019). オリンピックの哲学的人間学 : より速く、より高く、より強く、より人間的に. オリンピックスポーツ文化研究 No. 4, 91─ 100.
人間の夢「より速く、より高く、より強く」と技術の進歩 (スーパーマンは人か、人でなしか?)
人間は、技術の進歩によって、より速く移動でき、より高く空を飛び、より強い破壊力を持つようになった。しかしながら、人間のホントの夢は、人工の機械を使ってこれらを達成するのではなく、スーパーマンになることなのだろう。スーパーマンが人間であるかどうかは、おそらく、その問いすら無意味なことだろう。人間の夢には続きがあって、スーパーマンがパーフェクトな人間(ヒューマニティ)の精神を持つことである。スーパーマン映画は、このパーフェクトな人間の精神を持つことの難しさを伝えることにより力を注いでいるように思われる。
「より速く(Citius)、より高く(Altius)、より強く(Fortius)」というオリンピックのモットーは、オリンピック・ムーブメントに所属するすべての者へのIOCからのメッセージであり、オリンピック精神に基いて研鑽することを呼びかけたものである(日本オリンピック委員会)[i]。
【人力の夢】人間は空を飛ぶ翼があればと願い、飛行機を発明した。しかるに、スポーツの世界では、今でも人々は走り高跳びや走り幅跳びで世界記録を数センチ伸ばすために、たゆまぬ努力を重ねている。100メートル競争で10秒を切り、0.01秒を縮めることに一喜一憂している。夏季オリンピックには、身につけるものや用具の少ない水泳競技から、走力、跳躍力または砲丸や槍などの投擲力を競う陸上競技や重量挙げ、対人で行う格闘技やゲーム性の高い球技、そして用具を使った速さを競う自転車および正確さを競う射撃やアーチェリーなど、多様な競技が存在する。冬季オリンピックのスケートやスキーを含め、そこに共通する基本原則は(射撃と馬術を除き)すべて競技が人力を動力として行うことをルール・原則としていることである。
【人力と技術力】100m競争の最も古い公認世界記録は1912年の10秒6である。現在の世界記録は2009年にウサイン・ボルト選手が記録した9秒58であり、およそ100年で1秒(約10%)縮めたことになる。他方、1903年のライト兄弟の初飛行は時速約11 kmだった。これは人間の最速速度の36 km(100mを10秒)より遅い。しかし、飛行機は驚異的な発達を遂げ、1960 年代において、すでに時速3千kmを超える戦闘機が出現している。スポーツの記録更新に貢献する技術といえば、例えば、1970年代まで車いすマラソン競技においては生活用の車いすを使用しており、当然のことながら、オリンピックのマラソン選手よりも遅かった。しかし、車いす製造の技術の進歩によって、1980年のボストンマラソンで1時間55分00秒という記録が出て、健常者の世界記録を一気に抜いてしまう。2021年には大分国際で1時間17分47秒という車いすマラソンの世界記録が生まれている。義足の走り幅跳びジャンパーとして話題になったドイツのラザフォード選手は、義足を使っての跳躍が公平性に疑問があるとされて、金メダルの可能性があった東京オリンピックへの道を閉ざされた。国際パラリンピック委員会はスポーツ用具ポリシーとして、環境や人体への安全性の確認、多数のアスリートが容易に入手できること、そしてスポーツパーフォーマンスが身体能力によるものでありテクノロジーや用具によるものではないこと等を挙げている。とはいえ、人間の筋力の有限性にとらわれない補助具を使ったパラリンピック選手の記録は、たとえ動力が人力であるにしても、オリンピック選手に比べると、まだまだ伸びしろがありそうだ。それでも、そのもたらす結果は、弓やラケットやアイアンを使った程度の違いにとどまるのだろう。ロケット燃料を使った飛行機や核兵器の競争とは全く異なるもの。人間が内部に宿す自然の法則に基づいた、人間としての限度を超えない有限なもの。
【より人間的に】オリンピックやパラリンピックは人間社会の最大関心事の一つである。それは、たとえそれが数センチ、コンマ数秒の微微とした進歩であろうとも、人間が人力に固執し、人間の身体能力と精神力をもって到達しえる生物学的能力の限界に挑戦し続けていく意志を強く持っていることの現れでもある。人間の身体の成長や発達は、人間という生物の有限性から逃れることはできない、そしてそれゆえに、地球の有限性を脅かすものともなり得ない。スポーツは人間の内部にある人間的自然を愛し、鍛錬し、成長させることを手段かつ目的とするものである。オリンピックの金メダリストでもあるドイツの哲学者ハンス・レンク(1985)によると、クーベルタンを始め著名な哲学者たちが「スポーツの記録には自然法則的意味がある」と考えていたという。そして、レンクは「より速く、より高く、より強く」というオリンピックのモットーも、限界なき上昇と記録崇拝を意味するものならば、「人を非人道的なことへと導き、誘惑する危険に陥る」と警告し、オリンピックのモットーには「より人間的に」という目標が加えられるべきだと主張している(関根, 2019)。非人道的な手段によって生まれた記録は、もはや人間の限界を広げるものではなく、人間の境界を超えた非人間によるものにすぎないということなのだろう。
スーパーマンが、オリンピックに出られないことは、考えなくてもわかることだが。精神的なところで非人間的になったスーパーマンは、もはや「ひと(人)でなし」と呼ばれる存在となって、スーパーマンに滅ぼされる悪役として映画に登場することになるようだ。
[i] JOC – オリンピズム | オリンピック憲章(https://www.joc.or.jp/olympism/charter)アクセス2022年 1月 20日
Lenk, Hans. (1985). Die achte Kunst Leistungssport-Breitensport. (ハンスレンク. 畑孝幸, 関根正美(訳) (2017) 「スポーツと教養の臨界」不昧堂出版)
関根正美. (2019). オリンピックの哲学的人間学 : より速く、より高く、より強く、より人間的に. オリンピックスポーツ文化研究 No. 4, 91─ 100.
オリンピズムと人間の進歩
- クーベルタンの理想とトインビーの人類史観
「近代オリンピックの父」といわれるピエール・ド・クーベルタンは、フランスの敗戦の沈滞から立ち上がるべく教育改革を目指す青年だった。イギリスのパブリックスクールにおけるスポーツの役割に感銘を受けたクーベルタンは、スポーツ教育の理想の形として「古代オリンピックの復活」を唱えるようになり、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)を創設し、1896年に第一回アテネ大会を開催するにいたる[i]。
クーベルタンがオリンピックを再興しようとした根本動機は「スポーツを通じて人間を変革すること」にあり、それは単なる「スポーツの祭典」ではなく、精神の発達を願う芸術や文化を融合したものだった[ii]。オリンピズムはそのようなクーベルタンの考えを反映するものであり、その根本原則として以下のようなことを挙げている。(オリンピック憲章より抜粋)
1.オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
2. オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである
さて、英国の歴史家トインビー(1948)は、人類が誕生してから「何らかの肉体的あるいは精神的進歩があったと想像すべきいかなる保証もない」とその著書で述べている。彼によると「人間は非人間的自然を処理すること」は得意であるが、自分自身を含む「人間の内部にある人間的自然を処理する」ことには不得意だという。そのため、人類誕生以来現代にいたるまで「非人間的世界」における顕著な進歩と、人間の内部の「精神的世界」における未成長または非進歩という、トインビーのいうところの著しい不釣り合いによる「この地上における人間生活の一大悲劇」が進行中であり、地球温暖化や紛争や貧困は、その人間の業ともいうべき「悲劇」の産物と考えられる。
クーベルタンが理想としたように、はたしてスポーツは、「人間の内部にある人間的自然」のコントロール能力を発達させ、この人間の精神的世界における停滞を打破することに貢献することができるのだろうか。
[i] JOC – オリンピズム | クーベルタンとオリンピズム(https://www.joc.or.jp › olympism › Coubertin) アクセス2022年1月25日
[ii] オリンピック基礎知識|オリンピックスポーツ文化研究所 (nittai.ac.jp) アクセス 2022年1月20日
Toyinbee, Arnold J. (1948). Civilization on Trial. (アーノルド. J. トインビー. 深瀬基寛(訳) (1966). 「試練に立つ文明」 社会思想社)
2021年を振り返って
2021年一月。東京パラリンピックが目前となってくる中、ある選手の親からの手紙を理由に、知的障がい者卓球連盟のコーチ業務からはずされる。コンプライアンス委員会による調査が開始される。
コロナ禍にあって、卓球の練習の中心が、湘南台の家の近くにある岸田卓球クラブに完全に移行する。早朝のサーブを中心に一人でする多球練習を組合せて、プラスチックのボールの飛び方の感覚を身につけるように努める。練習する人も場所も減る中で、MD相模の橘川さんが練習に誘ってくれるようになり、週に2回ほど、主に午前中に練習するようになった。
2月5日。ペルー体育庁とペルー卓球連盟との共催で、Zoomを使った「障がい者のためのスポーツ」セミナーの講義を行う(スペイン語を使用)。地球の裏側のペルー国の、スポーツ関係者ら多数の参加者と直接、意見交換を行う。
2月16日と17日。ミャンマー日本人学校の生徒たちに、Zoomでゲスト講師として課外授業を実施する。小学生向けには「パラリンピック:障がい者卓球の世界。ミャンマーの障がいを持つ子供たちと卓球しよう」。中学生に対しては、「自分探し、人生探し:初心忘るべからず」という内容で話す。ヤンゴンと日本に分散して、いつ教室で会えるかもわからない子供たちと先生たち。それぞれが真剣にミャンマーの状況と向かい合っている。不思議な心と心の出会い。
3月2日。東京選手権大会がキャンセルになった代りに、東京卓球連盟が、東京優勝大会という年代別大会を東京所属の選手を対象に開催する。50代に参加した私は、準々決勝でカットの斎藤選手に3-1で逆転勝利、準決勝で(前回大会で逆転負けした)森園選手に3-0で雪辱できた。決勝は、右ペン表の名手、野中選手との対戦となる。以前0-3で敗れたことがある。サーブの回転やタイミングに合わせることができなかった記憶があり、今回はバックプッシュでレシーブから攻めていく。逆に私のサーブが効いて3-1の逆転勝利。この大会全体を見渡すと、勝敗を分けたのは、Covid-19の時期にどのように過ごしたかの違い。練習できていた人が、その成果をみせ、練習できなかった人が、その対価を払った。
4月23日。日本スポーツ仲裁機構のパネルが、最終的な仲裁判断を下す。私の申立てが全面的に認められる画期的なものとなる。

5月9日。SDGsとパラリンピックについて、友人の新井和雄ガバナーより招聘を受け、茨城ロータリークラブで講演。貧困削減や人道支援ではなく、なぜスポーツ支援なのか、という質問または疑問が出される。スポーツや文化は人間の権利であり、幸福の種なのだ。
5月18日。国連時代の環境及びNGO関連プロジェクトの現場経験から、外務省国際協力局気候変動課の担当する「脱炭素技術海外展開イニシアティブ」の外部審査委員会の委員に任じられ、その第一回会合に参加する。
5月23日。藤沢卓球選手権大会。チーム戦で優勝。
6月6日。クラブ選手権大会、東京予選。ダブルスが不調で苦戦。決定戦は、卓楓会。前回も敗れている強豪。今回は、八城選手が加わって、更に戦力増強している。1-2で、最後は椋ー八城戦と私と飯田選手。椋君がジュース・ジュースの大接戦で勝ち、私がなんとか勝利して代表権獲得。チーム戦ならではの総力戦の感動的な試合だった。
7月18日。全日本マスターズ東京予選会。順調に勝ち上がり、全勝で予選通過。
8月11日。PCR検査を10日に藤沢駅前で受ける。その結果が早朝に出る、結果は陽性であった。
8月17日。コロナ自宅療養が解除され、通常の生活に戻る。
8月28日。東京パラリンピックで卓球の知的障がいクラスにおいて、神奈川県鎌倉市在住の伊藤慎紀選手が銅メダルを獲得する。
9月11日。全日本卓球選手権大会の東京予選に出場。実業団や大学選手のプレーに接して、いい体験勉強になった。早稲田大学およびシチズン時計の後輩の応援。
10月8-10日。全日本卓球選手権大会マスターズの部(60歳以上)に参加。準々決勝で坂本選手に生まれて初めて勝利。準決勝でいつも練習している橘川さんに3-2の接戦で勝利。決勝は江浜選手。1ゲーム目を15-17、4ゲーム目を10-12で落とすも、3-2でど根性の勝利。全日本で初優勝を遂げる。
11月28日。初めて大阪マスターズ卓球大会に参加。50代の部で、第一シードにされる。50代の選手に勝ち抜き、決勝では、またも60代で年上である坂本選手との対戦。全日本の雪辱をかけてきた坂本選手に対して1-3の逆転負け。フォア前への鋭角なサーブ、回り込んでバックストレートのスマッシュ。どれをとっても精度が高く、かなりの練習量を感じる。東京選手権大会での対戦が楽しみ。
12月5日。中野卓球選手権大会、一般の部に参加。決勝まで進むことができた。準優勝。若い世代の卓球への適応力がついてきた。
12月19日。ブータン祭り。「ブータンのスポーツの未来」というZoom座談会で、「ハピネス・ファースト」のスポーツを目指すことを提案する。そして、「ハピネス(幸福量)を増やすためには、最も置き去りにされている障がいを持つ子供たちにスポーツを届けることが、一番効果的な方法である」という信念をもとに、これからもパラ卓球の支援活動を続けることを伝える。


“We Can” Project for Children with Disability
Table Tennis Academy in Yangon, have started “We Can” project in collaboration with Aye Myittar Center for Children with disability. The “We Can” project is the follow up to my initial sporting interventions with the Aye Myittar Center starting in 2019. So far, we have donated many used uniforms, some table tennis rackets, a hundred of used rubbers, table tennis balls and two table tennis tables to the center. We also introduced “Takkyu Volley”, which is an adopted game for children and people with severe disabilities.
It was in March, 2020, volunteers of YU Table Tennis Club joined this initiative to provide coaching support to those children of Aye Myittar Center.
Since then, Covid-19 has been preventing people from moving and most activities had become inactive. In addition, the security situation has also deteriorated.
Today, a hope has returned to the children with disability in Aye Myittar Center to have an access to opportunities to learn how to play table tennis thanks to the newly started Table Tennis Academy.
One coach and a player with disability from the Aye Myittar Center for children with disability has just started a weekly table tennis class at the Table Tennis Academy through “We Can” Project.
It is our sincere hope that the coach and the player will become the first role models to pave the way for other children with disabilities to enjoy sporting, table tennis, through the “We Can” project.



