スポーツ

ペルーJICA海外協力隊派遣40周年OVインタビュー その1/ Entrevista conmemorando el 40 aniversario del JOCV: Sr. Toshihiro TANAKA (I)

投稿日: 更新日:

1980年代前半のペルー協力隊はスポーツ関係が多かった。特にペルー初代隊員の空手の田中さんは自分の空手クラブを運営し、ペルーに生活基盤を築く、ひときわ異彩を放つ存在だった。そして陸上の初代隊員である綿谷さんが、国際協力基金で専門家として再赴任し、投てき競技を専門とする椿原さんと一緒に日本のスポーツ分野における国際協力をリードする存在として尊敬を集めていた。そしてこのスポーツを通じた国際協力の英雄が、加藤明である。その死にあたり「ペルーは泣いている」と言わしめたアキラ・カトーは、ペルー女子バレーを、日本を越える世界のトップレベルに押し上げた立役者だった。ペルーのジュニアチームのコーチとして古川さんと大坂さんという二人のバレー隊員が活動していた。地方では赤塚さんが水泳コーチとして活躍し、野球コーチとして赴任した大森さんは、ソフトボールのコーチだった下西さんとよく一緒に練習していた。大森さんは専門家として再赴任して、ソフトボールのペルー代表選手だったパティさん結婚し、今ではリマ市で幼稚園を経営している。そんな中で、私は卓球人としての私の目標を、南米大会そして全米オープンに照準をあて、コーチ兼選手として練習に励む毎日を過ごすようになった。

1. ¿Cuál fue su impresión del Perú?

Durante la primera mitad de la década de 1980, de los voluntarios enviados a Perú, muchos eran del campo del deporte. En particular, el primer voluntario en el Perú, el Sr. Tanaka, de karate, fue una presencia muy especial, que llegó a sentar las bases de su vida en el Perú, administrando su propio club de karate. Conjuntamente con el primer voluntario de atletismo, Sr. Wataya, quien volvió al Perú como experto de la Fundación Japón, y el Sr. Tsubakihara, especializado en la rama de lanzamiento, fueron altamente respetados como presencias líderes en la Cooperación Internacional en el campo del deporte. Y el héroe de la Cooperación Internacional en el deporte, es el Sr. Akira Kato. Al punto que, a su muerte, se dijo que “El Perú lo llora”. Akira Kato fue el impulsor del vóleibol femenino peruano, llevándolo a niveles cumbre en el mundo, superando a Japón. En el equipo juvenil de entonces, los voluntarios Sr. Kogawa y Sr. Osaka se desempeñaban como entrenadores. En otras ciudades, el Sr. Akatsuka era entrenador de natación y el Sr. Omori, quien estaba destacado como entrenador de béisbol, solía practicar frecuentemente con el Sr. Shimonishi, entrenador de softbol. El Sr. Omori volvió al Perú enviado como experto, y contrajo matrimonio con la Srta. Patty, seleccionada nacional de softbol. Actualmente administran un jardín de infantes en Lima. En ese contexto, como deportista de tenis de mesa, fijé mis objetivos en el Campeonato Sudamericano y en el Abierto de Estados Unidos (US Open), esforzándome a diario en las prácticas, como entrenador y deportista a la vez.

Foto 1. Mayo de 1985, en Puno
Vista de la exhibición de tenis de mesa realizada con el medallista de bronce de los Juegos Panamericanos, Walter Nathan, invitando a los estudiantes de escuelas primaria y secundaria de Puno. A 3,800 metros de altura, la pelota es más rápida que a nivel del mar y vuela más lejos, controlarla es difícil. (標高3800mのチチカカ湖畔のインカ帝国の始まりの地プーノ市にて、パンアメリカン大会銅メダルのワルター・ナタン選手と卓球のエキシビションマッチを小中学生の前で行なう。空気圧が低いためボールが遠くまで飛んでコントロールが大変だった)

ブータン卓球連盟に卓球用具を贈りました!!

投稿日: 更新日:

Today, to our TT friends of the Kingdom of Bhutan , a boxful of table tennis materials donated by ping pong friends of Japan through World Table Tennis (卓球王国)was handed over to a shipping company. Those materials will be utilized under the oversight of the Bhutan Table Tennis Federation (BTTF). I have been working with BTTF since 2004. It is always a big pleasure to be part of an endeavor to increase happiness (GNH) of the youth, boys and girls, and those who, otherwise, are not having access to sports. Thanks & Be Happy!!

卓球王国を通じてたくさんの卓球用具のご支援を、海を越えた協力活動にご賛同くださった皆様からいただきました。今日は、いただきましたラバー、ラケット、ユニフォーム、ボール, シューズなど計25kgの卓球用具をダンボールに詰めて、国際宅急便でブータン王国の卓球連盟に贈りました。ブータンには卓球用具は存在せず、買える子供もいないので、貴重品です。ブータンの子どもたちが卓球競技に親しみ、大会等に参加するための大事な一助となります。またブータンを訪問して短期指導したいと思います。

本当にご協力ありがとうございます。

次はミャンマーへの支援を考えていますが、おそらく自分で持っていく方がいいかと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

ペルーの子どもたちに卓球用具を贈りました

投稿日: 更新日:

Today, I shipped a boxful of table tennis materials donated by many ping pong friends of Japan through World Table Tennis (卓球王国)to ping pong friends, boys and girls of Peru. We have a very producive and trusted collboration with Liyau Foundation (Mrs Monica Liyau) with the objective to help advance sustainable development goals (SDGs) through prividing children in various corners of Peru with opportunities to practice table tennis. It is a very small act but we believe it is a meaningful step toward the right direction.

Thanks, Arigatou, for the donation and the fruitful collaboration with Liyau Foundation, “Impactando Vidas”.

卓球王国を通じてたくさんの卓球用具のご支援を、海を越えた協力活動にご賛同くださった皆様からいただきました。今日は、いただきましたラバー、ラケット、ユニフォーム、ボールなど計25kgの卓球用具をダンボールに詰めて、国際宅急便でペルー共和国に贈りました。寄付していただいた卓球用具は、ペルー国内の二百校あまりの小中学校で卓球の普及活動をしているNPOの”Impacting Lives”というプロジェクトで活用されます。卓球用具など見たこともなく、買うこともできない子どもたち、家庭、学校にとっては、貴重品であり、選手として大会に参加できる喜びや希望を持てるキッカケになっています。

リンク:https://www.facebook.com/ProgramaImpactandoVidas/

ご協力ありがとうございます。

今後tもよろしくお願いいたします。

次は、ブータンに贈る準備していますので、また報告します。

2023 台湾 国際自由杯 で個人準優勝、団体3位!!

投稿日: 更新日:

前回のタイの国際大会参加に続いて、ミャンマー以来の友人である葉旗山(得和集団)の招待を受けて、6月3-4日、台湾の台中市で開催された国際自由杯大会に参加しました。

初日の団体戦はシングルスで2敗を喫するも、全員一丸となって戦い、3位という好結果でした。中国製ラバーは、回転がかかり、台に当たってから下にのびて行く感じで、飛んでこない。台上のボールも微妙に止まって、ネットに当ててしまうことが多い。イボ高ラバーの選手で、打つのがうまい相手には、タイミングもリズムも合わせるのが難しく、精神的にも身体的にも疲労がはげしい。

トイレが旧式であるのも、痛めている膝を悪化させる要因となった。国際試合は色んな要素があって、チャレンジングである。

二日目のシングルスは、気持ちを入れ替えて臨む。しかし、予選第1試合からゲームを落として、内心は気が気ではない。シンガポールの友人とも試合。今大会には、シンガポール、香港、マレーシア、ミャンマー、中国そして日本からの参加者がいた。タイで友だちになった人たちも多くが参加しており、アジアのベテラン卓球人たちとのネットワークの輪が生まれてきたのを感じる。

60代の決勝トーナメントは、今大会最多人数で、予選で2回戦、決勝まで8回戦を戦う必要があり、試合と試合の間に休むまもなく、すぐに次の試合が始まる。ベスト16で昨日2-3で敗れた台湾の江富志選手と再対戦する。接戦ながらも3-0で勝てた。準々決勝は、タイの大会でも準決勝で対戦した香港の張文光選手。1ゲーム目を接戦でモノにできたのが大きい。3ゲーム目は10-5のリードを逆転されて11-10でマッチポイントを逆に握られる。そこから、粘り勝つ。準決勝の陳聡明選手は、誰もが認める台湾の名選手とのこと。とにかくボールさばきが軽やかで、バックブロックとフォアの攻撃、すべての技術において習熟したレベルの高さを感じる。この試合はビデオ録画があるので、ぜひ、見て楽しんでほしい。ゲームオール1-6からの逆転勝利。私にとっても、人生の中で、記憶に残るいい試合でした。

「チームひな」が世界最大最強の「卓球中国」に劇的な勝利。卓球界に新しいフロンティアが拓けるのか?

投稿日: 更新日:

 昨夜の世界卓球選手権大会(於:ダーバン、南アフリカ)の女子シングルス準々決勝で、早田ひな選手が、世界3位の王芸迪選手(中国)を4―3で破った。カウントは、4-11/11-3/11-9/6-11/11-9/8-11/21-19。

 特に、ファイナルセット、8-10から9回のマッチポイントをはねかえしての21-19の勝利は、卓球の歴史と見る者の心にのこるファンタスティックでエキサイティングなドラマだった。

 早田ひな選手はインタビューに答えてこう述べている。

 「中国(選手)の壁を超えるために、チームひなの皆さんに支えてもらってきたので、この大舞台で勝つことができて嬉しいです。」

 個人競技であるテニス、陸上等のオリ・パラスポーツで、世界を目指す選手をサポートするボランティアも含めたチームが形成されることがある。プロスポーツで経済的にゆとりのある選手なら自分のチームを作ることもできるが、卓球のようにプロとして自立することすら大変な競技では、世界チャンピオンを目指せるようなチームを個人がつくることは、かなりの困難であり不可能に近いことだろう。ましてや、さまざまな国際大会への参加申請すら、テニスのように世界ランキング選手の自由意志で決められるわけではなく、日本(各国)の卓球協会にコントロールされているわけだから、大会へ向けた調整すら自分ではスケジュールを決められない。

 卓球中国は言わずとしれた中央集権型の巨大卓球企業であり、周恩来首相のお声掛りで中国の建国期から始められたもっとも長い国家プロジェクトである。当然のことながら、卓球中国は世界最大の市場である中国国内のモノポリーを有し、世界においても裾野からトップまでの最大の卓球消費者を抱える寡占企業である。世界チャンピオンレベルの選手層において、ほぼ独占状態を数十年にわたり続けている信じ難いパフォーマンスを誇っている。現代にいたっても企業努力を怠らず、その地位も強まるばかりである。

 スポーツ界においては、個人の努力と栄光を称える風潮が主流であり、国家は表面にでないことが基本となっている。「政治とスポーツは別もの」であるべきもの。ただ国家がスポーツを支援することは称賛されることであり、スポーツが国民を鼓舞することや経済効果をあげることも大切な役割であると考えられる。卓球中国はその一つの典型なのだろう。

 さて「チームひな」という小さな個人グループ(企業ですらない)を母体とする早田ひな選手が、卓球中国のチャンピオン軍団のトップメンバーを世界卓球選手権大会という世界最高の花形舞台で撃破するという歴史的な快挙を成し遂げた。この意義は決して小さなものではないだろう。世界の先端技術において、個人のグループがGAFAに勝利したようなものなのか。スポーツではレベルプレイイングフィールド(level playinng field)と言って「同じ条件、同じ土俵」で戦うことが保障されている。経済の市場原理は実はそうではない。かといって、スポーツの勝負は、そもそも土俵にあがる前についていることも、実力差のある選手の試合を見れば明らかなことである。アマチュア相撲のチャンピオンを大相撲の力士と対戦させても結果は見えている。

 今後、チームひな、のような個人グループが世界最大最強の卓球中国企業に勝つような現象が起こるとしたら、これは卓球界における歴史的、コペルニクス的転換と言っていいだろう。個人のチームが国家企業に優っている点があるとすれば、個人の特徴、性格、コンディションに合わせた調整ができることだろう。また、選手一人にかける費用という点では、一企業でも支えられる程度のものだろう。大谷翔平選手クラスでも、彼個人にかけられた費用はリーズナブルなレベルだと思われる。

 それでも、国際大会という主戦場でプレーするには、「卓球日本」という中小企業のサポートが不可欠である。今のところ、そのサポートは「卓球中国」と比較してあまりにも貧相である印象は否めない。おそらく、選手自身が一番それを痛感しているのではないだろうか。

 「チームひな」や「張本ファミリー」が、「卓球中国」という世界を牛耳る国家企業に対抗して、新しい卓球界の歴史とフロンティアを拓く契機とならんことを、祈り、むちゃくちゃ応援したいと思う。

新スポ連/全国卓球選手権大会 で二冠達成(初の団体優勝と二回目の個人優勝)

投稿日: 更新日:

新スポ連の第58回全国卓球選手権大会 (岡山)で初の団体優勝(60代)を成し遂げることができました。個人戦でも優勝。二冠というのは初めての体験、やはりチームで勝つというのは喜びも元気もお酒の量も倍増しますね。チームリーダーの河島さん、ダブルスパートナーの万沢さん、今回参戦できなかった高田くん、そして応援してくださった九十九チームのみなさん、あたたかく迎えてくれた岡山のみなさん、ありがとうございました。優勝の賞品、きびだんご30個を2箱いただきました。

For the first time, we won the Gold Medal (60’s) in the team event at the JNSF 58th National Table Tennis Championship & I was fortunate to get another Gold Medal (60L) in Men’s Singles.

It was held in Okayama Prefecture, central west part of Japan, one of my best friend, Mr Tachibana, who won the bronz medal both in the team and Men’s singles events, brought me to Okayama castle and the very famous Japanese garden, Kourakuen (後楽園)for sightseeing. As we have learnt to live with Covid, there were many tourists from various parts of the world. You all are most welcome to visit Japan. We are now in the spring, let’s enjoy ping pong, food and drink together.

東京卓球選手権大会、上海からの友人、呉四海さんが優勝、私は準優勝でした。

投稿日:

東京卓球選手権大会、上海からの友人、呉四海さんが優勝、私は準優勝でした。

Silver at the Tokyo Table Tennis Open Tournament

It was four years back I won the game with Mr Wu (呉四海) from Shanghai, China in this tournament, then lost. We promised to play at the final in the next tournament. After four years (we become 60’s), today, due to Covid, we finally played at the final of Tokyo Open. This time, Mr Wu won the championship by 3-2. It was hard to reach the final, and the final was even tougher. At the end, we all won the friendship. Isn’t it NICE!?

4年前の東京選手権大会のときに4回戦で呉四海さんと対戦して大熱戦で勝ちました。私は優勝を目指していたのですがベスト8止まり。呉さんと、次の大会では決勝で会おうと約束しました。コロナ禍で久々の東京選手権、60代になった二人は再会して、決勝で会う約束を果たしました。今回は、裏面にイボ高を貼り、多彩な裏面サーブとイボ高と表ラバーをくるくる回して前陣速攻する呉四海さんの戦法に合わせきれず、3-2で呉四海さんが優勝。おかげで上海卓球協会の副会長という呉さんに上海に招待されました。卓球が結ぶ友情に国境はないですね。

みなさん、応援ありがとうございました。これからも精進いたします。

卓球王国で私のインタビューを掲載していただきました。【マスターズ王者・田中敏裕は元国連職員。「マスターズ優勝は自分の人生のジャンプ台」】

投稿日: 更新日:

2月21日発売の「卓球王国 4月号」に私のインタビュー記事が掲載されました。Another Storyということで、めずらしく4頁にわたる卓球の技術ではない人生航路の話になっています。卓球王国を始めた発行人である今野さんと、これまでの卓球や人生談義でもりあがって、卓球と国際協力への思いを、熱くまとめていただきました。卓球のメジャーな雑誌に登場させていただくのは、人生の中でも初めてのことで、身に余る光栄です。みなさまのご声援やご協力に感謝いたします。唯一の卓球雑誌である「卓球王国」の今月号をご購読いただけるとありがたいと思います。

2月21日はブータン5代国王の誕生日で、ブータンやチベットの新年Losarでもあります。幸福量が一気に増大する日ですね。

みなさん、ハッピーな新年をおすごしください!!

On the happy birthday of Bhutan’s 5th King, 21 Feb, Japan’s popular magazine “World Table Tennis (卓球王国)” published my interview article in their 4/2023 edition. The 4 pages’ article is a recognition of my consecutive championships in the All Japan Masters, and is a big encouragement for continuing my ping pong life for increased happiness in our society. I thank Mr. Imano (今野) the editor and my friends for your always cheering me up.

& Happy Losar, the year of Water Rabbit, to the people of Bhutan.

マスターズ王者・田中敏裕は元国連職員。「マスターズ優勝は自分の人生のジャンプ台」

https://world-tt.com/blog/news/archives/69713

Thailand Open Masters Games 久しぶりの国際卓球交流・タイオープンマスターズ初参加・初優勝

投稿日: 更新日:

Wonderful friendship and championships at the Thailand Open Masters Games!! スポーツを通した国際交流はいいですね!!

“We are the champions” in the team event of men 60’s, and I also got the gold medal in the men’s singles in the same category. At the final match of the team event, I was the last player losing by 0-2 games. People in the hall was excited and cheering up the Thai player who was about to defeat a Japanese opponent. It was a matter of a pure luck that a tide of the game changed. My coming back to get 3 consecutive games brought a champion trophy of men’s team event to Japan team. There is a short movie of the game and prize award ceremony of our game below (in the middle of the movie at aroung 5:00 min)

Similarly, the goddess of victory kissed my racket in the thrilling games of 3-2 with Hong Kong player and the final with our team mate, Tachibana, in the men’s singles.

With or without a trophy, it was a wonderful moment of life that has brought instantaneous and natural friendships among players from different corners of Asia including Thai, Hong Kong, Myanmar, India, Nepal, Pakistan, Korea, China and Japan.

I would like to express our heartfelt thanks to our Thai friends, particularly, Van-san and Charlie san, as well as the organizers of Thai TT Association for their love to sports and extraordinary hospitality. Last but not least, my sincere appreciation goes to Kahara (華原)san for leading us, and Nishida (西田) and Tachibana(立花)kun for their great company. We all are looking forward to the next gathering of table tennis friends without border.

2022年全日本マスターズ(ローシックスティ)の部、二連覇成る!!

投稿日: 更新日:

今年の全日本マスターズは、昨年のチャンピオンということで第1シードで参戦。身に余る光栄だ。FIでいうところのポールポジション。しかし組み合わせがよくなるというわけでもない。ぶち込みでかなりの強豪選手と最初からぶちあたる。

初日は、2回戦と3回戦を勝ち残れば良い。2回戦の相手は、地元岡山の渡辺均選手。右ペンドラで裏面ドライブも使うマスターズでもベスト4に入ったことのある強者。コロナで地元応援団がいないのが救いか。手の内がわからないうちに、ロングサーブから撃ちまくる展開で、1ゲーム目を先取。2ゲーム目は、裏面ドライブ攻撃をされてボールに合わず、こちらが慌てる。フォア前サーブと長いサーブのコンビネーションで切り抜ける。3ゲーム目、大きなラリーでバック裏面のカウンタードライブで逆襲されたり、見どころ豊富な展開。なんとか勝ちきった。

3回戦は6段の栗原万実選手、右ペン表。好々爺の雰囲気で実はすごいファイトマン。私のドライブをすべて前陣で封じ、1ゲーム目を簡単に落とす、真っ青な出足。2ゲーム目はフォアへのロングサーブを混ぜて、相手を動かして崩す。3ゲーム目は栗原選手の3球目攻撃やブロックが冴えて大接戦、これを取ったのが、勝負の分かれ目だった。

階段落ちの足腰の痛み。練習などのやりすぎか、、、右腕の痛みとしびれが続いていて、攻撃したボールに伸びがない状況。夕食は、同期の西田くん、立花くん、平山くん、大阪のチーム仲間らと会食。体調を整えるため早めにホテルで休む。

二日目の最終日、朝7時から西田くんの車で、立花くんの練習場まで連れて行ってもらい、30分ほどいっしょに汗を流す。3人ともランク決定の試合が午前9時から始まる。

私の対戦相手は、茨城の河本雅史選手。右ペンイボ高で裏面に裏ソフトを貼り、裏面ドライブする器用な戦型。1ゲーム目、ロングサーブをフォアでもバックでもうまくいなされて、そのナックルボールを攻撃しようとしても入らない。あれよあれよ、打っても入らないまま1ゲーム目を失う。ベンチコーチの高田くんも、「お前はどうしたい?」とアドバイスにすら困る危機的状況。とにかく必死で返球し、攻撃を入れるしかない。ボールが走らず、かなりブロックされ、しかも裏面ドライブを何度も打たれて、ゆるいながらも目まぐるしい展開。ガマンで拾って、勝ちを拾う。精神的なプレッシャーと、ボールを拾う身体的な労力と、忍耐の泥沼から這い上がって、まずはベスト8のランキング獲得を果たす。

準々決勝は、お馴染みの顔、東京の河合秀二選手。右ペンドライブ・前陣攻守の技巧派。同じ東京でも初めての対戦。1ゲーム目はサーブからの攻撃がうまくいって先取。しかし、上から横切りするようなバックプッシュと早い切れたツッツキ、そしてクロスへの落差の大きドライブで、2ゲーム目を取られる。3ゲーム目の接戦が山。9-9からレシーブをバックプッシュして連取。4ゲーム目は8-10からの挽回勝ち。フォアにふられたボールに対して、右腕がうまく振れなくてドライブ攻撃が決められず、際どい勝負となった。

準決勝は、熊本の堀川好実選手。右シェーク裏裏の本格的な両ハンド攻撃型。バック技術が多彩で、バックバックで押されるのはこれが初めて。フォアドライブも勢いがある。背が高く、とにかくフォアへの飛びつくカバー(守備)範囲が広い。10-8のリードで勝ち切るはずだったが、うまくドライブをブロックされて10-10とされて、逆転負け。これが契機となって、どんどん打たれて、2ゲーム目も落とす、もうあとがない最悪の展開。バックハンドドライブもうまくて、攻撃する場所もサーブする場所もない。「ミドルを狙え」という高田くんの指示。サーブを短く出すとこれは丁寧に返されて攻撃につなげられる。リードしかけるのだが、エッジやネットボールで追いつかれる精神的にタフな展開。結局8-10となり、相手のサーブ。ここでタイムを取る。「どうしようか」「あと一本で終わりか」「まだあきらめるな」「思い切っていくしかない」さっき、私が空振りしたバックへのロングサーブに狙いを定める。よし、ズッコーン。きれいにバッククロスへの強ドライブでレシーブエース、9-10。次も思い切るぞ。バックのサイドを切る横下ロングサーブがくる、いいサーブだが、これは、横切りプッシュしかない。ミドルに突き刺さり、レシーブが決まる、10-10。サーブはフォア前で三球目ドライブが決まる、11-10。レシーブを打ち12-10と挽回勝ち。4ゲーム目は、右腕がかなり振れるような体調が戻ってきた。粘りと攻撃で11-8で取る。5ゲーム目は流れが完全にこちらにきて大差で切り抜けた。放心状態、まだ負けてない。次の試合が待っている。

決勝は、西田くんに勝った西家功選手、典型的な右ペンドラ。ずっとマスターズで活躍している名選手。今回は花木さんにも勝って決勝進出で調子がいいに違いない。サーブはバックサーブでフォア前とバッククロスに出す。丁寧に出してくれるので、逆をつかれたりすることはほぼない。出れば打ち、でなければストップか払う感じ。バッククロスへのドライブがシュートして無茶早く威力がある。私のロングサーブからの展開がうまくいき、西家さんのサーブからの展開を崩せたことから、ポイントを常にリードするパターンとなり、精神的にも波的にも優勢を保つことができた。途中からフォアサーブに切り換えたが、これもバック対バックで私の優位が変わらず、攻めきることができ、勝利。

二連覇できたというより、負けずになんとか、大会を終えられたというのが実感。

今大会で前大会と違うのは、九十九チームから6人もマスターズ代表選手がでて、そのうち3人がランクに入ったこと。大阪の仲間も応援してくれて、西田くんや立花くん、井上くんといった同期の仲間の協力や支援があったこと。持つべきものは友、仲間、気持ちの和である。ベンチコーチの高田くんは、24時間態勢で私の面倒をみてくれた。協会や主催者、審判団の方々からも温かいサポートをいただいた。心より感謝、感謝、感謝です。

いろいろなドラマがありますね。これからも精進します。ありがとうございました。