Peruvian Junior Team Training Camp in Japan/ペルー卓球ジュニア選手団と岡山県の閑谷学校で合宿してます!!

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Campamento del Equipo de Tenis de Mesa Peruana (Menores) en Japon!!

Following 40years of my close relation with Peruvian table tennis family, now I am happily returning to be the hosting coach of the junior table tennis team from Peru led by Monica Liyau-san through her Impactando Vida program, The training camp is being held at the Youth training center of Shizutani in Okayama. Shizutani school has traditional architecture and beauty of Japan with 355 years of history, The Peruvian players are learning not only table tennis techniques but also Japanese philosophy, courtesy, cooking and traditional handicraft. Now they are accustomed to use chopsticks to eat Japanese rice and miso soup.

Yesterday, we welcomed the table tennis club teams from Kobe Noda high school, Kanzei high school, and Syuujitsu junior high-school. We played more than 10 matches from 9am till 4 pm. Today, we visited Shujitsu junior high-school in the city of Okayama and had a very friendly and tough practice from 9am till 5pm.

We truly appreciate and thank teachers and players of those schools and especially Mr Kouriyama and Mr Tachibana for coordinating the friendly match and exchange with table tennis friends around Okayama. The camp started on 14 January and it is still to be continued till 2 February. I wish all of you to have a great start of the new year 2025!!

ペルー卓球ジュニア選手団の岡山県閑谷学校での合宿にご協力いただき、また楽しくそして真剣に交流試合や練習をしていただいた、瀬戸内卓球少年団、就実中・高等学校卓球部、関西高校卓球部、神戸野田高校卓球部のみなさま、本当にありがとうございます。とくにコーディネートしていただいた郡山さんや立花さんにはお世話になっており、持つべきものは友と、ひたすら感謝、Graciasです。

オリンピック・パラリンピックとブータン選手団とGNH

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はじめに

2021年の東京オリ・パラ大会から2024年のパリ大会までのこの4年間は、私は自分の選手としての卓球中心で、コーチングからは遠のいている。ブータンへは卓球用具を贈り、障がい者卓球を含めサポートは続けているが、そもそも大半のアスリートにとって、そしてとくに途上国のスポーツ界にとって、オリンピックやパラリンピックは、あまりに遠い雲の上の存在なのである。その創設時には参加することに意義があると唱えていたオリンピックも、勝利至上主義が浸透し、今ではコマーシャリズムを優先するメガイベントとなり、独自に発展してきたパラリンピックもオリンピックと同化して熾烈な競争と各国がメダル争いに躍起となる世界へと変わりつつある。ロシアのドーピング問題やウクライナへの侵攻、そしてコロナによる中断・延期など、スポーツ界、国際社会そして地球規模の問題に翻弄され続けているオリンピック・パラリンピックは、実際にその基本理念である世界の平和と共生社会の実現に貢献し得る存在となりうるのだろうか。

ブータンとオリンピック

 第4代国王が会長となってブータンオリンピック委員会が創設されたのは1983年のことである。翌1984年には、ロス・アンジェルスオリンピック大会のアーチェリー競技に6名(女3名、男3名)の選手が参加し、ブータン王国のオリンピックデビューが実現する。それからブータンはオリンピック・アーチェリー競技の常連となり、2024年パリ大会まで11回連続で参加を果たしている。現会長はジゲル・ウゲン・ワンチュク王弟殿下であり、2018年に王弟殿下はIOCメンバーに選出されている。

オリンピックやパラリンピックではQuotaと言われる出場資格権の分配システムが各競技で定められており、その大半の出場枠は、世界ランキングと五大陸の代表枠によって占められている。各国のNOCに割当があるわけではない。そこで、オリ・パラには出場国数を増やす手段として、招待やワイルドカードという推薦枠が各競技に設けられており、ブータンは国技ともいえるアーチェリーでこの推薦枠を獲得することが恒例となっている。事実、ブータンのアーチェリー競技力は相当に高いレベルにあり、2019年のアジア選手権では、Karma選手(女性)が実力でアジア代表枠を勝ち取り東京オリンピックに参加している。アーチェリー以外の競技では2012年のロンドン大会の女子10mエアライフル射撃競技に推薦枠で参加したクンザン・チョデンが最初であり、続くリオ大会(2016)と東京大会(2020)でも同競技にブータンの選手が推薦枠で参加している。東京大会においては、柔道で初めての推薦枠を与えられ男子60キロ級にガワン・ナムゲル選手が出場、水泳競技においても男子100m自由形でサンゲ・テンジン選手が推薦出場を果たしている。2024年パリ大会においては、アーチェリーと水泳に加えて、陸上競技においてブータンに推薦枠が与えられ、クンザン・ラモ選手が女子マラソンに出場し、完走を果たしている。

ブータンとパラリンピック

 ブータンパラリンピック委員会が創設されたのは2017年のことであり、会長はユーフェルマ・チョーデン・ワンチュク王女殿下である。創設時から東京大会デビューを目指して積極的に活動し、東京大会には、砲丸投げの低身長クラス(F10)においてゲルシェン(男子)選手とチミデマ(女子)選手、そして男子のパラアーチェリー(リカーブ)種目にぺマリグセル選手が初参加を果たした。パリ大会では、女子10mエアライフル射撃(車椅子)にキンレイデム選手がブータンの唯一の代表選手として参加を果たしている。パラリンピックにおいても推薦枠を獲得するのは容易なことではない。まず、推薦枠に応募するための条件として、いくつもの決められた国際大会に参加して、出場資格の規定ポイントを上回る実績を残していることが必要である。その条件を満たした各国の多数の応募選手の中から選考委員会が協議して一人か二人のアスリートが選ばれる狭き門なのである。

 

パリ大会におけるブータン選手団の存在

パリ大会の開会式はセーヌ川から船に乗っての入場となった。五輪発祥の国ギリシャの次は、難民選手団が登場。参加選手が3人というBhoutan(フランス語表記)は、単独の小さな木目調のスピードボートに乗って登場して注目を集め「ブータンの船」が一時トレンド入りする。日本は大選手団であるにもかかわらず、ヨルダン、カザフスタン、ケニア選手団が同乗する大船での登場。小さな木目のボートに乗ったゴーとキラを着た若者がオレンジとイエローの雷竜の国旗を掲げ、小旗を振って観衆に応えるという演出は、オリンピックへの街道に咲く一輪の可愛らしい花のようなブータンの特別な存在を世界の人々にアピールしていて、パリオリンピックにGNHの香りをとどけているように思われた。

パリ大会で最も感動的な花を咲かせたのが、ブータンが初めて陸上競技に参加することになり、女子マラソンに出場したキンザン・ラモ選手である。ラモ選手は2022年のスノーマンレース(203km)で2位、2023年にプナカ市で開催されたブータン国際マラソンで3時間26分という記録で優勝という経歴をもつアスリートである。パリオリンピックは彼女にとって初めての平らな低地の国外大会だった。多くの選手が途中棄権となる中で、途中で一時は立ち止まることもあったラモ選手は、それでもあきらめずに80位、3時間52分59秒というタイムでゴールして、会場中の大歓声と称賛を受けたのだった。

水泳の100m自由形に参加しているサンゲ・テンジン選手は初参加の東京オリンピックでは57.57秒で泳ぎ、今回のパリ大会では56.08秒と自己記録を更新している。ところで100m自由形の世界記録が1分を切ったのは1922年のことで、サンゲ・テンジン選手の56.08秒という記録は、1936年のアメリカのフィック選手(米国)の世界記録56.4秒よりも速い。サンゲ・テンジン選手が世界記録に抜かれるのはフォード選手(米国)が55.9秒を出した1944年のことである。50mプールの一つさえ存在しないブータンの選手が80年前までは世界一位の記録をうちたてたということは驚くべき偉業である、と私は心底思うのである。ちなみにパリオリンピックでは潘 展楽(中国)が46.40秒という世界記録で金メダルを獲得している。

結び・GNHの風にたなびく五輪旗

ブータンの選手にとってオリンピックの意義は、その創設以来の理想である「参加すること」にある。そして個々のアスリートとしての目標は「自己ベストの更新」ということをあげている。アスリートのライバルであり超えるべき基準は常に「昨日の自分」であり、それは試合に勝つことでなく「自分に克つこと」なのである。

私には、金メダルをとったハッサン(オランダ)選手の2時間22分55秒よりも1時間30分長くパリの街道を走りスタンディングオベーションを受けたラモ選手と、世界記録を出した潘選手よりも9.5秒長くオリンピックプールを楽しんだサンゲ・テンジン選手のオリンピックこそが、「自らを克服し」「参加することの意義」を体現した至高の姿であるように思えるのである。

誇り高きブータン選手団のオリンピック参加によって、五輪旗がGNHの薫風に吹かれ、パリの空をたなびいた。

ブータン選手団とそれを支えたみなさま、ありがとう!! ごくろうさまでした。

ロス・アンジェルス大会のブータン選手団のさらなるご活躍を楽しみにしております。

第15回 アジアベテラン卓球大会、来年は横浜開催(10月7-11日、2025)

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Participated in 15th Asian (Pacific) Veteran Table Tennis Championship in Korea.  Our Japanese team “Godzilla” obtained Bronze Medal in the Team event. I reached till the quarterfinal in singles. A step forward since the last one in Bangkok. It is always full of learning with players of China, Korea, HK, Taiwan, Sweden, Russia, Poland, Singapore, Thailand, and etc. Their playing styles have so much of creativity, innovation and variation.  

Next year this Asian Veteran TT Championship will be held at Yokohama, Japan, in 7-11 October 2025.  So, I am looking forward to stepping up to reach at the top in Yokohama 2025. Thank you all the players, umpires, and organizers for your sporting spirit, support and friendship.

韓国の城南市で開催されたアジアベテラン卓球大会に参加してきました。

西田くんと立花くんと一緒のGodzilla teamで三位入賞。シングルスはベスト8でした。中国トップの選手はサーブ力が半端なくあって、反応速度が早い。とってもいい勉強になりました。韓国の選手らとも友人になり韓国料理を美味しくいただきました。来年は10月7-11日に横浜で開催されます。ホームゲームでは、チャンピオンシップを我が手中におさめたいものです。みなさん、ぜひ参加してくださいね。

全日本卓球選手権大会マスターズの部で準優勝(4連覇成らず)!! Silver Medal at All Japan Table Tennis Championship (Masters 60’s)!!

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石川県かほく市で開催された全日本マスターズ。4連覇をめざして鍛錬してきましたが、決勝戦で華原選手に2-3で敗れて準優勝でした。無念ではありますが。自分らしいプレーを表現することはできたように思います。能登半島地震の被災地でもあり、復興への願いのこもった意義のある大会でした。今回は準決勝のあとするどい腰の痛みがでて、やはり身体は正直なもので、マスターズ選手としての節制の必要と重要性を再認識することでした。とはいえ試合になると忘れることができるようで、(あまり頼ってはいけませんが)これも人間の不可思議な底力というものなのでしょう。来年も石川県金沢市でマスターズは開催されます。早期の災害復興を祈念して、わたしも再出発、復活をめざしたいと思います。ご声援・応援をありがとうございました。

Just finished runner-up at the All Japan TT Championship in Kahoku city of Ishikawa-prefecture, one of the disaster affected areas of Noto Peninsula Earthquake 2024. While my aims of achieving fourth consecutive championships at Masters was not reached by a step, it is always wonderful thing to observe some memorable games of life demonstrating the passion and outcome of daily efforts of sport-lovers. I thank all players for that.  I got a sharp pain at my back, which maybe a part of normal phenomena of master’s players., ha ha.  My friends, please do take care of your body and health through carefully calculated way of training and practice.  It was also important experience to see earthquake affected areas and think what we can do for recovering from suffering and devastation by such disasters.  Next year’s championship will also be held at Ishikawa prefecture and wish and pray for the earliest recovery from the natural disasters for all affected people and families.

創部100周年、メモラブルな早稲田大学卓球部の秋季関東学生リーグ 優勝!!(2)

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 9月24日、最終戦。昨日の試合で、早稲田大学は男女ともに敗れ、4勝2敗となった。久しぶりのリーグ戦の応援で、優勝のかかる試合を朝から夕方まで観戦し続けた自分だったが、女子はストレートで、男子は3-1からの大逆転負けを喫したとあっては、自分がこのリーグ戦における母校の運気に貢献するどころかその逆だったのではないかという杞憂もおきる。こうした戦いの運勢というものは、絶妙かつ不可思議なバランスがあって、常にいいものでも、いつまでも悪いものでもない。スウェーデンから帰国したばかりの翌日の試合で、獅子奮迅の活躍をみせて気を吐いた濱田(一)選手。体調をくずして病み上がりでのぞんでいた徳田選手。関東学生のトップクラスの大学チームのレギュラー選手同志の実力差はわずかであり、団体戦では勢いに乗った選手が大当たりするものだ。その技術力と体力と気力のぶつかりあいは、ボールのスピードと回転とともに、ジェットコースターのようにめまぐるしいラリーの応酬となり、息が詰まる。昨日の悔しい敗戦のあったあとの最終戦。4勝2敗の4校の中では、勝率でまさる早稲田大学は、中央大学との対戦に勝てば、もっとも優勝に近い位置にいた。選手層のうすい早大は、濱田兄弟と徳田選手で4勝をあげることが必須で、あとの3シングルスの勝率は低い。

 その大事な濱田弟と相手のエース対決は、こちらがかなり不利にみえたにもかかわらず、サーブからの速攻とレシーブからのカウンターというトップスピン隆盛の現代卓球とは異質なプレーをする濱田弟が見事に3-0で勝ちきった。早稲田の勝利への扉が開かれた瞬間である。二番手の濱田兄は絶対的な信頼と実力を有する早大のエース。相手選手がものすごく元気でとにかく中陣からフォアでもバックでもパワフルなドライブを何発でも打ってくる。濱田選手は合わせる打ち方となり、粘られたボールに対して決定打が打てない。動きに自信と鋭さが伴わないまま、押し切られてしまう。次の桜井選手もゲームオールで惜敗。1-2というむずかしい出足となる。ダブルスは絶対に勝利が求められた。2-0と楽勝ペースと思われたが、3・4ゲームは相手ペースで奪還されラストゲーム勝負。これも6-9とリードされ、万事休すと思われた。ここで濱田・徳田ペアが驚異の粘りをみせ9-9。相手が払うようなツッツキをオーバーミス。10-9。最後の渾身の攻撃で5本連取の大逆転勝ちで、二人とも床に倒れ込んで勝利を噛みしめた。シングルスで敗れただけに、この試合に賭ける濱田兄の気持ちの伝わるゲームだった。卓球の勝負は精神的な領域で争われることが多い。微妙な気持ちの動きが運気の波を生んで、勝敗のサイコロの目を変えていく。

 2-2のタイ。私は、きょうは徳田選手は絶対に勝利する運気にあると信じていた。昨日の敗戦で沈んだ大きな運気の塊が水面を突き破って空間へ飛び出してくると思われた。それで徳田選手を応援。昨日よりも動きもよく、フォアハンドも振れていた。徳田選手の勝利は順当であり不可欠なものだった。早大にとっては残り二試合でひとつ勝つのは遠い道のりだった。磯村選手が敗れ、これが最後のリーグ戦となるキャプテン荒井選手も1ゲーム目4-8の劣勢。ここから挽回勝ちという団体戦ならではの熱気と勢いを得たキャプテン荒井が、3球目攻撃とストップという両極端な戦法をみせて、相手の読みをはずしだした。レシーブが単調になり、焦りのみえる相手選手に対して、サーブが効いている荒井選手が常にリードを保って、マッチポイントを握る。応援団も優勝の瞬間を待ちわびて、座席から腰が浮いたまま、一本一本を息をのんで見つめ、ついに来た優勝の瞬間は会場中の空気が割れ、悦ぶ学生たちの歓喜の波がコート中にあふれでた。

 創部100周年の奇跡的な優勝の瞬間だった。

 

 たかがスポーツ、されどスポーツ。

 たかが人生、されど人生。

 100周年、集まり散じて、人は変われど。感動は変わらず、心に伝わるものだ。

 学生たちに、若き汗と涙と情熱に感謝。ありがとうございます。

創部100周年、メモラブルな早稲田大学卓球部の秋季関東学生リーグ(1)

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関東学生リーグ戦は、長距離でいうなら箱根駅伝大会のような大学卓球チーム戦の真骨頂というべき大会である。早稲田大学は推薦入学者が少なく、大学トップを争うには総力戦に劣る傾向がある。近年は女子部のほうが成績がよく、男子の方は、ここのところ15シーズンも優勝から遠ざかっている。

 2024年の秋季リーグにおいても、優勝をめざすと鼓舞しながらも、総合力としては男女とも下位に沈むことも危惧されるという厳しい認識があった。

 リーグ戦の応援に参加することはこれまでほとんどなかった私だったが、シンガポールから早稲田に留学する選手の女子部への紹介を兼ねて、その選手と母親といっしょに早稲田大学の応援に代々木第2体育館にやってきた。

 男女とも4勝1敗でトップを狙える位置。女子の試合は中央大学との対戦。全勝中の中央大にエース対決で前半勝負を挑んだが、実力にまさる中央大の選手たちが落ち着いた試合運びで、1勝をあげることができず、0-4で敗退。今年の女子は専修大学と中央大学が群を抜いている感じで、それを他の大学が追う形のようだ。選手層がうすい中で、ここまで4-3ときわどい試合を勝ち抜いて4勝2敗という好成績をあげているのがすごい。

 男子は、今日の駒沢大学との対戦に勝てば優勝に王手がかかる試合。エーズの濱田兄弟がシングルスで2点をあげ、順当に勝利へと導く。ダブルスが駒沢のカットマンペアと大熱戦を繰り広げる。プロ並の壮絶なラリー戦。豪球が飛び交い、カットやロビングと技術も多彩で、観客冥利に尽きる対戦。フルゲームの末に勝ったのは早稲田の濱田・徳田ペア。見事!! しかしここからの1勝が遠い。荒井、桜井と惜敗し、3-3で徳田に勝負が託された。4ゲーム目に劣勢から逆転勝ちして5ゲームにもつれこみ、4-8から8-8と挽回するも力尽きた。徳田くんは体調を崩していてバック主体の攻撃となり、フォアのパワーが落ちていたのが残念なところ。ただ、早大、明大、専大、駒大の4チームが4勝2敗で横並びとなり、優勝の行方は最終日に持ち越された。

【SHOTIMEに湧く世界・一喜一憂しない大谷翔平選手】

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大谷翔平選手が、51HR 51盗塁、を成し遂げた。おめでとうございます!!

昨夜から今朝にかけて、日本国中そして米国中、そして世界のあちこちで、SHOHEI OTANI の名前が、その異形ともいえる偉業とともに、憧れと畏敬をこめてメディアや人々の心臓から津波のようにあふれ出ている。

 パレスチナやレバノンで起こっているイスラエルによる血生臭い虐殺・戦闘行為や長期にわたるロシアによるウクライナ侵攻、温暖化にともなう異常気象のニュース、アメリカ大統領選挙や自民党の総裁選など、世界でも日本でも人間社会の将来にかかわる重い現実や、私たちの暮らしや将来の生活環境に影響を及ぼすニュースを目にする毎日の空気や気分が、今朝はすっかりSHOTIMEに乗っ取られている。

オリンピックとパラリンピックで自国の選手がメダルを獲得するたびに、各国ごとに一喜一憂していた世界の人々が、51HR51盗塁・6安打10打点を達成したSHOHEI OTANIには諸手を上げてその人間としての快挙を、同じ人間として祝福している。Greatest of All Time(GOAT)であることの証。スポーツには時として人間社会を、人々の心の世界をかえる力がある。

さて、このような偉業を達成した大谷翔平選手は以下のように試合後のインタビューに答えている。(スポーツニッポン新聞社より引用)

大谷は試合後、MLBネットワークに出演。球宴前に同番組に出演した際にWBC優勝がキャリアでの素晴らしい日だったと答えたことを振られると「同じくらいうれしいです。自分が良かったというのもありますし、チームがポストシーズンを決められたというのは僕の夢でもあったので、そこは凄いうれしいかなと思います」と答えた。また、50盗塁を決めた際に本塁打が残り2本だったことの心境を問われると「狙っていないですね。いい打席を送りたいと思っていたので、それがホームランを打てる一番の近道ではないのかなと思っていました」と心境を吐露した。また、ベッツやフリーマンが春季キャンプの時期に大谷をポストシーズンに連れて行きたいと話していたことを伝えられると「ムーキーも怪我もあって1回離脱したりとかいろいろありましたし、そこで打順も入れ替わっていたりする。1試合、1試合今もそうですけど、お互いの打席が作用し合うようにどれが一番いい打席なのかなとコミュニケーションを取りながら、チームのベストを探している状態です」と答えた。また、メジャー通算219勝を誇る元レッドソックスのペドロ・マルティネス氏から「コモ エスタ?(元気ですか?」とスペイン語で挨拶されると、大谷は「ムイ ビエン(元気です)」とスペイン語で即答。さらにポストシーズンに向けて課している目標を問われると「節目で50―50はありましたけど、1試合1試合ここからチームとして大事なので、首位で地区優勝できるというのが一番のポイント。それが僕にとって一番大きいことではあるので、そこを目指してやりたいと思います」と話した。

大谷翔平 史上初「50―50」はWBC優勝と同等「同じくらいうれしい。ポストシーズンは僕の夢だった」 (msn.com)

 大谷翔平選手は、チームがポストシーズンを決められたこと、そこが凄くうれしいと言う。今の自分を「チームのベストを探している状態です。」と説明する。ホームランも狙って打っているわけではなく、「いい打席を送りたいと思って」「それがれがホームランを打てる一番の近道ではないのかな」という境地にあるという。50-50はチームが地区優勝する目標に向けての節目という位置づけで、「それが僕にとって一番大きいことではあるので、そこを目指してやりたいと思います。」とHR3連発も10打点も、ホームラン王や打点王についてもまったく目標として意に介していない様子。これまでもそうだったのだが、この記念すべき偉業を成し遂げた直後でも、大谷翔平の心理状態は、きわめて平静であり、すでに明日の試合に向けて、いつものように準備ができている。

ファールチップするたびにキャッチャーを気遣い、スタンディングオベーションに応えるときに相手チームを気遣う、相手への敬意と思いやりが深く根付いた彼のハートは彼を知るすべての人々の信頼と敬愛を生んでいる。

だからこそ、手放しで、子どもも親も、女性も男性も、黒人も白人も、SHOHEI OTANIを応援し、SHOHEI OTANIから感動と激励と思いやりをもらっているのだろう。

ありがとうSHOHEI OTANI for your being in the same world, and keeping the way you are !!

早田・張本ペアの一回戦敗退に見る新たなダブルスの世界への潮流

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あまり情報は多くないが、今回、混合ダブルスにおいて、早田・張本ペアが、北朝鮮のペアに敗れた試合は、前回の釜山で開催された世界選手権大会で、団体戦で中国がインドに2敗した試合と重なる。世界ナンバーワンの孫穎莎が、フォア表ソフト・バックアンチのA.ムケルジに敗れたのは特に衝撃的だった。王芸迪がフォア裏・バック粒高のアクラの粒高ショートに合わずに敗れ、中国をラスト勝負にまで追い込んだ。

開幕戦で、最初の試合だったことも状況が酷似している。相手はどんな卓球をするのか、予測もつかず、準備をできないままで試合に臨んだ時点で、かなりの不利な状況におかれていた。予測できていて、準備ができていれば勝てたかと言うと、おそらく、一週間もあれば、6割程度の確率で勝てたのではないか。それでも6割。世界2位のペアが敗れる確率は、まだかなり残されていたと思われる。

このような異質なラバーとの対決は、とにかく初対面では、よほどの実力差がない限り、敗れる可能性が高い。異質ラバーの選手は、攻撃力に粗さがあることが多い。異質のボールはボールが伸びず遠くまで飛ばないので、前陣でスマッシュやカウンター狙いの、ややギャンブル的な攻撃になるからである。相手の異質のボールに少しづつなれてくると、攻撃ミスを誘う粘りのプレーができるようになり、実力差があれば、接戦でも勝ち抜くことが可能になる。

自分が、カットとか守備型の選手なら、ラバーの影響を受ける確率は相当に少なくなる。下回転系のボールで返球することでミスを減らして、相手に攻撃させてからの勝負ができるからだ。そもそも守備型の選手には、異質ラバーを使う選手が多くいる。現代の卓球の潮流は、前陣攻守型の異質ラバーを使う選手が増えつつあることだ。

今後の潮流としては、ダブルスの世界が、相当に変わっていく可能性がある。前回のオリンピックで、伊藤・水谷ペアが金メダルを取ったことが、いまだに大きな話題になっている。今までは、少なくとも世界選手権では、団体とシングルスのメダルと、ダブルスのメダルでは、明らかに格差があった。世界チャンピオンといったときに、卓球ではダブルスのペアの名前を持ち出す人はいなかった。しかし、オリンピックにおいては、ダブルスの金メダルの価値が、シングルスや団体と限りなく同等、いや、おそらくまったくの同等なものとして扱われる。オリンピックを目指すことを最上位において、ダブルスに特化する選手やペアが日本や欧州でも、いや世界中で生まれてくる可能性がある。特に左の女子の異質ラバー選手は、混合ダブルスでも女子ダブルスでも、もっとも貴重な戦力になるだろう。ダブルスだと、攻撃をパートナーに任せることができるので、攻守の変化とバランスと安定感が格段に増すのである。

シングルスで強い者同士ではなく、ダブルスでもっとも相乗効果の高い、相手を翻弄できる、計算された二人の組み合わせを追求する時代に入ってきた。そういう潮流を感じさせられる試合だったと思う。

体操女子・宮田笙子への五輪辞退の強要について

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スポーツ界の異様さを示すザンネンな事例が、またオリンピックという衆目を集める舞台を使って起こってしまった。法の番人である司法制度を用いる以外に、政府の行政組織やスポーツ団体などの一般社団法人は、それぞれ内規を用いた賞罰規程などの罰則を独自に設けている。行政組織でいう行政判断や行政裁量といった行為である。さて、この行政の手続きにはいくつかの原則がある。ここで問題とすべきなのは、その中でも行政手続きの比例原則と平等原則と呼ばれるものである。その内容は以下の通り。

①比例原則

ある行政目的を達成しようとするとき、より規制の程度が軽い手段で目的を達成できるのなら、その軽い手段によるべき、という原則です。 目的と手段の均衡を要求するもの。

②平等原則

憲法14条を受ける形で、行政機関が合理的な理由なく国民を不平等に扱ってはいけないという原則。

比例原則違反:まず、当件が、比例原則に違反していることは明白だろう。未成年者の喫煙、飲酒の禁止は本人の健康を守るという目的によってつくられた法律である。この目的を果たすために「もっとも規制の程度が軽い手段」を選択しなければならないことを、比例原則は定めているのである。今回の処罰が比例原則とはまったくかけ離れている基本原則に違反する行為であることは明白である。五輪辞退というまったく本人の健康とは真逆の法の目的にも反するもっとも重い手段をとった今回のケースは、体操協会という組織のクリーンで厳格なイメージを喧伝しようというまったく見当違いの目的をもってなされたものであり、即刻、取り消されるべきものである。

平等原則違反:これまでに、スポーツ界において、喫煙・飲酒を理由に国際大会への参加を剥奪された選手がいたのであろうか。聞いたことはない。今回のケースにおいても、他のオリンピック選手の喫煙や飲酒行為に関する話ばかりで、過去に今回のような処罰を行った事例はまったくないのである。今回のケースが明らかに突出した平等原則に反する行為であることは明白である。今回の判断は、スポーツ仲裁あるいは裁判によって、覆えされるべき基本原則に反する処罰と考える。

オリンピックにはドーピングなど様々な厳しい独自の規程があると理解している。選手のオリンピックへの参加資格は、国際的な基準をもって判断すべきことがらだろう。世界人権規約においても、日本国憲法においても、選手の人権は、他の国民と平等に扱われるべきものである。日本のスポーツ界だけが突出した過度な締め付けや罰則を選手に課しているとすれば、それこそ選手にとっては封建的な、常に過度の圧迫を感じながら生きていかなければならない世界だろう。血税を使っているとか、オリンピアンだからとか、未成年に一般市民とは異なる高いモラルを求めることは高邁な理想としてはありえることかもしれないが、それをもって平等でも公正でもない過度の罰則の理由とするのは、日本スポーツ界独自の封建的な性格の現れでしかない。憲法の精神や今日の国民の求める公正さとは異なる基準にもとづく処罰と考える。



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盛岡第四高校にて「人生開発」について講演させていただきました

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I had a big pleasure to meet with 500 students of Morioka high-school in Eastern Japan where I shared my experience in the UN and talked about how to move one’s human life forward overcoming adversities. I sincerely thank our youth to have given me lively responses and new energy to start a new year of my life. Thanks everyone my friends giving me heartfelt birthday messages. Our lives will go on.

昨日、盛岡第四高校の生徒の皆さんにお話する機会をいただきました。私の幼年時代から国連の人道支援や貧困削減などの現場の体験を1時間半近く話し続けてしまいました。卓球部の部員と練習もさせていただきました。若い世代からまた新たな元気をもらいました。君たちはどう生きるのか、について考える何らかの手助けにしてもらえればありがたいことです。

キャリア形成 元国連職員語る 盛岡の高校:写真 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)